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誕生とは?

[ 291] イエスキリスト誕生
[引用サイト]
http://www.ijournal.org/IsraelTimes/history2/christbirth.htm

今日世界中に10億を超える信者を抱えるキリスト教の信仰の中心であるイエスキリストは今から2000年前イスラエルのベツレヘムで誕生したとされます。イスラエル民族のメシヤの到来への期待を背にした誕生でした。
「見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう。」---「私は主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように。」
これを記念して、326年コンスタンチヌス大帝の母ヘレナの頼みにより、マリアの家の跡とされる場所に築かれた教会が中東最大のキリスト教会である受胎告知教会です。受胎告知教会には世界各国のイエスキリストを抱いたマリヤの肖像画があります。日本のものもあり、面白いことにマリヤは着物を着ており、イエスキリストは牛和歌丸のような雰囲気をもっています。
立って大急ぎで山里へむかいユダの町に行き、ザカリヤの家に入ってエリサベツに挨拶した。---マリヤはエリサベツのところに三ヶ月ほど滞在してから、家に帰った。
現在のエルサレム郊外のエインカレムという地に昔ザカリヤの別荘があったとされ、マリアがエリサベツを訪ねたことを記念して建てられたマリア訪問の教会があります。マリヤがエリサベツを訪問した際エリサベツは妊娠6ヶ月であり、胎内の子がマリヤの訪問とともにおどったとされています。
三ヶ月後、マリアは婚約者ヨセフのいるナザレに戻りました。その時マリアは身重になっていました。ヨセフはどれほどびっくりしたでしょうか。しかし、天使が夢に現れてマリアのお腹の子は聖霊によって身ごもったものだと諭されます。科学者の間では卵子に刺激を与えると細胞分裂が始まり、妊娠する可能性もあるなど様々な研究がされたというような話もあります。そのあたりはあまり深く考えるべきではないのかもしれません。
現在日本でも何年かに一度人口調査(国勢調査)が行われていますが、イエス
キリスト誕生の時にも大規模な人口調査が行われたようです。イエスの母マリアとヨセフは登録をするためにナザレからはるばるベツレヘムまで旅したようです。ちょうどベツレヘムに来ているときにイエスが誕生したようです。イエス誕生が西暦の始まりというのが通説ですが、ちなみに当時人口調査を行なったのはローマ皇帝による紀元前7年とシリア提督の行なった紀元前6年であったと言われています。
エルサレムの南の端れ、ベツレヘムにある聖誕教会の中に小さくて暗い岩屋があります。そこでイエスキリストが生まれたとされています。イエスが誕生したときユダヤの地を統治していたのがヘロデ王でした。イエス誕生のその時、ヘロデ王のもとに東から来た博士たちが来て、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか。」と尋ねたとされ、それを聞いたヘロデ王は自分の地位を脅かすものとして恐れ惑い、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺すよう命じました。
それに対し天使が夢でヨセフに現われてエジプトへ逃げるように警告したとされています。そしてヨセフ一家はヘロデ王が死ぬまでエジプトに滞在し、ヘロデ王の死後イスラエルの地に戻ったそうです。モーセの誕生と出エジプトの話のパターンにどことなく似ています。ヘロデ王が亡くなった年は紀元前4年であり、以上のことからキリストが生まれたの本当の年は紀元前7〜4年と考えられています。
ところでここで出てくるヘロデ王はソロモンに匹敵する建築魔と言われ、壮麗な建築物を多く建設しており、それが今イスラエルの観光名所となっています。イスラエルの商業と産業の中心テルアビブから50kmほど北上したところに位置するかつてローマの総督府が置かれた町カイザリヤには円形劇場を始めローマ風の遺跡が数多くあります。70年のユダヤ戦争最後のユダヤ人が立てこもり自害して果てた死海沿岸のマサダの遺跡もヘロデ王が建てた宮殿跡です。
今でこそメシヤとして世界中のキリスト教徒によって信奉されているイエス
キリストですが、その当時はどうであったのでしょうか。聖書の記述によると、ユダヤ教の指導層からは煙たがられる存在であったようです。特に次に挙げるパリサイ派から迫害を受けたようです。
イエスの時代、ユダヤ教はいくつかのグループに分かれていました。主なものはサドカイ派、パリサイ派、エッセネ派の3つでした。
モーセを始めとする過去の預言者たちの残した教典のみを重視しました。学問として教えを捕らえていた学者たちが主でした。
タルムードを重視し、ラビの言葉を重視しました。タルムードはユダヤ人のバビロン捕囚と同時代に生まれたユダヤ教典のうちの一つであり、口伝律法の集成です。タルムードは他民族によって迫害され続けた反動でユダヤ人選民思想的な側面が強調されています。
イエスの時代、ユダヤの地はローマの支配下にありました。ローマ人総督の下、王と議会が存在しました。この議会を「サンヘドリン」と呼びました。王もこの会議の決定には逆らえませんでした。パリサイ派はサンヘドリンに大きな影響力を持っていました。
律法を特殊共同体的環境の中で遵守しようとしたグループです。その中核部分がクムランに隠遁したクムラン教団であったようです。クムラン教団とは紀元前二世紀中頃成立した、祭司的要素を基とした特殊共同体で、死海のほとりのクムランの隠遁所で律法を徹底的に守りながら、近い終末に備えようとしていたとされます。エッセネ派の倫理規範は共同体倫理と愛に基づいていました。イエス
キリストのようにしばしば譬えや比喩を用いて語ったようです。星を読み、未来を予測し、治療を行ったともされます。また紀元前250年にインド皇帝アショカ王が派遣した宣教師によって伝えられた仏教の思想を採用したと言われています。イエス
「ユダヤ全土とエルサレムの全住民とが、彼のもとにぞくぞくと出て行って、自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。ヨハネはらくだの毛ごろもを身にまとい、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた。」
キリストは本格的な活動を始める前に洗礼ヨハネを訪ね、ヨルダン川で洗礼を受けたとあります。洗礼ヨハネは、かねてより自分は水で洗礼を授けるが、自分のあとから来る人は、火と聖霊とによって洗礼を授ける方であり、自分は彼の靴を脱がせてあげる値打ちもないと証言していました。(マタイ3/11)
「ザカリヤが聖所で香を焚いていたとき、その妻が男の子を懐胎するだろうという天使の言葉を信じなかったために唖となったが、ヨハネが出生するや否や口がきけるようになった。この奇跡によって、ユダヤの山野の隅々に至るまで人々を非常に驚かせた。」
また荒野での修道生活と民衆に罪の悔い改めをさせ、洗礼を授けるなどの活動により、救世主を待ち望む民衆は洗礼ヨハネがメシヤではないかと考えたほどでした。(ルカ3/15)このように洗礼ヨハネは当時の全ユダヤ人から一目置かれる存在でした。
「エリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備えるであろう。」
エリヤというのはソロモン王朝の後、王国が南北に分裂した時代の代表的な預言者で、メシヤの到来に先がけて再臨すると信じられていました。
キリストの生涯はまた違ったものになっていたかもしれません。しかし実際はイエス
キリストはユダヤ教指導者から迫害を受け、最後には十字架にかけられ、ユダヤ教とイエス
当時のユダヤ人たちの願いはもちろんメシヤの降臨でした。しかし、同時に聖書の預言にあるメシヤの前兆とされていたエリヤの到来をも待ち望んでいました。そのような状況下でイエス
キリストがメシヤであるというような集団が現れたため、特にユダヤ教指導者に混乱をもたらしたようです。洗礼ヨハネがエリヤの生まれ変わりだとなれば、話はうまくいったのかもしれませんが、聖書の記録によると、洗礼ヨハネ自身が自分はエリヤでないと否認していることから混乱は収まるどころか、さらに大きくなっていったようです。
当時のユダヤのヘロデ王は腹違いの兄弟の妻ヘロデヤと愛人関係になりました。洗礼ヨハネは「兄弟の妻をめとるべきではない。」と非難したことで、投獄されました。ある時ヘロデヤの娘のサロメがヘロデ王の前で見事な踊りを披露しました。ヘロデ王はその褒美に望みのものは何でもつかわすと言ったところ、サロメが望んだものは洗礼ヨハネの首でした。
キリストをして女の生んだ者の中で洗礼ヨハネほど大きな人物はいなかったとまで言わしめた人物の最後にしてはなんともあっけないものでした。以後イエス
キリストは当時のユダヤ社会の下層階級や弱者を中心にして支持され、反対にユダヤ教指導者など上流階級からは反対されるようになっていきました。

 

[ 292] 『原始生命の誕生』 テキスト版
[引用サイト]
http://www.kwansei.ac.jp/ksc/broadband/hujiwara/hujiwara_txt.html

地球が誕生してから人類が出現するまでの長い長い生物進化の時間がありました。これは、その時間を一月から十二月までに分けた、地球の歴史のカレンダーです。
地球誕生を一月とすれば、三月に原始生命が誕生し、五月には核をもたない原核生物が誕生しました。九月に核をもった生物、真核生物が現れ、十一月になってやっと、動物と植物が地球上に姿を現しました。
そして人類が誕生したのは、なんと十二月三十一日、大晦日の午後七時だというのです。
古代から現代まで、人間は長い年月をたどって進歩して きたように思いますが、地球誕生からの時間を考えます
と、それは一瞬の出来事に過ぎません。恐竜が繁栄した 時代も、ほんの少し前のことでした。
今日は、それよりももっともっと遠い時代、地球誕生か生物進化のカレンダーら核をもった真核生物が誕生するまでの、何十億年前というはるか遠い時代に、地球上に生命にどのように誕生し、どのような進化をしていったかを探って見ることにしましよう。
四十六億年から三十八億年前の地球の様子です。この時代は、化学進化の時代といわれます。高温の状態で大気は酸素がない、いわゆる嫌気状態です。時々火山が噴火し、稲妻が発生して、高いエネルギーの存在を示します。
ここではまず、二酸化炭素や窒素や水などの無機物から、アミノ酸などの低分子有機物ができました。
やがてそれらが結合して反応し、分子量の大きい、タンパク質や核酸などの高分子有機物ができます。
今から三十五億年前。地球上にはいまだ酸素がありませんが、核酸とタンパク質という生命に必要な二大要素がそろい、有機物が多量に存在することになりました。
酸素の無い状態でも有機物を分解してエネルギーを獲得する生物の誕生です。発酵と呼ばれる嫌気(けんき)呼吸を行う始原生物です。
この灼熱の時代に、生命は初めて進化の分岐点を迎えます。バクテリアの祖先と始原菌の祖先に分かれて進化していくのです。では、発酵とはどのような代謝方法なのでしょうか。
昼下がりの公園です。人間は酸素を吸って二酸化炭素と水を出していますが、誰もそれを意識して呼吸をしているわけではありません。
ビールはアルコール発酵でできます。麦芽、水、ホップなどに酵母を加えて発酵させ、アルコールと二酸化炭素を出すことで生成されるのです。これが酸素のないところで二酸化炭素を放出する、発酵と呼ばれる嫌気呼吸です。
酸素が無いところで嫌気呼吸が続きますと、新たな変化が起こってきます。地球上に大量に存在した有機物が分解されて減少し、二酸化炭素の濃度が上昇するのです。
進化は環境変化の適応と密接に関係します。先程の映像では有機物を取り込んで二酸化炭素を放出する代謝を行う生物が増えました。そのため有機物濃度は減少し、二
さて次の進化は、大量に増えた二酸化炭素を有効利用できる生物の誕生です。与えられた環境に、どのような知恵を出して進化していったのでしょうか。
二酸化炭素が増えてきますと、二酸化炭素、水、そして多量に存在する硫化水素を還元剤として利用して代謝する能力をもつ生物が生まれます。それが徐々に優勢種となって地球上に増殖していきました。
この頃の生物は、光エネルギーを積極的に利用しますが、酸素は放出していません。つまり、酸素を放出しない光合成能力をもった生物なのです。
硫化水素を還元剤として利用する生物が増えますと、多量にあった硫化水素が不足します。すると、どのようなことが起こるのでしょうか。そのときに還元剤としての役割を担ったのが水です。
水と二酸化炭素から光合成によって酸素を放出する生物が、こうして誕生します。この生物によって、地球環境を劇的に変える「酸素の放出」が開始されます。
二十億年前から十七億年前の地球です。今までと違うのは、酸素が地球上に増えてきたということです。
酸素濃度が上昇していきますと、酸素のもつ酸化力を使って代謝する生物が生まれました。
発酵型嫌気呼吸ではなく、酸化力で有機物を分解し、二酸化炭素と水を放出する、好気呼吸の始まりです。
この頃、核をもった真核細胞が誕生したと考えられていますが、その誕生のもととなるのは、「共生」です。
真核細胞の核となるのは、原核生物であったと考えられています。ここに呼吸を獲得した好気性細菌が感染し、共生が始まると、エネルギー生産の場となる細胞小器官のミトコンドリアができます。動物細胞の起源となる細胞の誕生です。
一方、この真核細胞に光合成能力のあるらん藻が共生すると、内部に入った細胞が細胞小器官の葉緑体となって、植物の起源となる細胞が生まれました。
酸素の放出や酸素呼吸、共生などによって、生物は光合成細菌、らん藻を経て進化するという経路が一般に知られています。
しかし、ほかの道筋をたどって進化した生物群もいます。バクテリアの祖先から進化した細菌は、低温適応、酸素適応など環境適応をしながら、現在まで単細胞の姿を残しています。大腸菌などは、この系統です。
真核細胞の核の起源となる原核細胞も同様に進化し、その一部だけが共生に参加しましたが、大部分は核をもたない原核の状態を保ちながら、高温・高塩などの特殊な環境に生きる微生物群、「始原菌」として今日も生き続けています。
生物は環境に適応しながら多様な進化をしてきました。しかし地球上には、あまり変化が起こらなかった環境で進化から取り残された、原始生命の特徴を多くもった生物も生息しています。
地球上には様々な微生物が生きています。しかし実験室で培養できる微生物は、自然界に存在する微生物のわずか1%に過ぎません。最新の研究では、この培養できない微生物が注目されています。
例えば、その微生物のいる土壌や水からDNAのみを抽出して大腸菌に導入し、組み替えタンパク質として取得する試みも行われています。
こうした研究を重ねることによって、これまで見つけることができなかった抗生物質、抗ガン剤、有用酵素などが得られるかも知れません。

 

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