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このページは 04月のキャッシュ情報です。

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以前とは?

[ 341] ミュージアムIT情報:歌田明弘 03年10月
[引用サイト]
http://www.dnp.co.jp/artscape/artreport/it/u_0310.html

アメリカ議会図書館のウェブ・サイト保存プロジェクト「ミネルヴァ(MINERVA)」がしだいに充実した姿を現わし始めている。「ミネルヴァ」のサイトによれば、ウェブ・ページの平均寿命は44日だそうで、1998年にあったサイトのうち44パーセントは翌年にはなくなっているという。サイトが残っていたとしても、情報は頻繁に更新され短い期間で消えていく。しかし、「ウェブ・サイトのインパクトは大きく、ほかの場所では見出せない歴史的・社会学的データを提供してくれる」とのことで、すでに36,000のウェブ・サイトを収集したそうだ。「ミネルヴァ」は、ギリシア神話のアテネに相当するローマ神話の知恵や芸術の女神だが、議会図書館の大ホールのモザイク画に描かれ、議会図書館の象徴ともいうべき存在だ。その女神と「Mapping
the INternet Electronic Resources Virtual Archive」の頭文字をかけたのが名前の由来である。2000年の大統領選挙、2001年9月11日のテロ、2002年の中間選挙などテーマを決めてそれに関連したサイトを集めている。この3つはすでにアーカイヴができており、2002年度の議会やソルトレークでの冬季オリンピック関連サイトの収集・保存も進められている。
どういうサイトを含めるかは、300人以上いるスタッフと一般からの推薦によって決めているというが、データの収集にあたっては、この欄で以前紹介した「インターネット・アーカイヴ」も協力している。
このアーカイヴは非営利の組織だが、代表者は私企業「アレクサ」の創立者でもあるブルースター・カールという人物だ。99年に「アマゾン・コム」傘下に入った「アレクサ」は、巡回ソフトを受け入れている世界中のサイトを原則2ヶ月おきにキャッシュして誰でもアクセスできるようにしている。そのキャッシュ・データは「インターネット・アーカイヴ」にも提供され、営利企業とは切り離して保存・公開されている。「インターネット・アーカイヴ」のサイトには、このキャッシュからデータを引き出す「ウェイバック・マシン(昔に戻る機械)」と名づけられたインターフェイスができていて、URLを入力すればそのURLの過去のウェブ・ページを呼び出せるようになっている。これも「アレクサ」が作って提供したものだ。議会図書館も、「インターネット・アーカイヴ」からデータの寄贈を受けている。
「インターネット・アーカイヴ」が世界中のサイトを「まるごと」、しかもいくつもの時間軸で収集するという活動をしているのだから、議会図書館はこのうえやることがないようにも思えるが、そんなことはない。原則2ヶ月おきにデータを集める「アレクサ」の設定では間隔があきすぎるということは当然ながら起こる。選挙時やテロのあとなどはサイトが時々刻々変化し、一日といわず、ときには数時間でサイトの様子ががらっと変わる。議会図書館のコレクションは資料的価値が求められ、そのためにももっと頻繁に、また完全な形でサイトを保存する必要がある。キャッシュすること自体は機械的に処理できるが、どのサイトをどれぐらいの頻度で保存していくかは人間が判断するしかない。「アレクサ」(=「インターネット・アーカイヴ」)のふだんの作業はすべて自動処理され、人間は微調整するぐらいの仕事だからスタッフは30人程度しかいない。一方、「ミネルヴァ」のように選別して保存するためには専門知識をもった多数のスタッフがいる。というところで、まさしく議会図書館のような組織が必要とされるわけだ。
公開されている「ミネルヴァ」のサイトを見ると、なるほど図書館の作業らしい出来ばえになっている。たとえば2002年の中間選挙のアーカイヴは、それ以前の年度のコレクションと比べても一段とデータが整理されている。上下院選・知事選などの選挙別、州別、候補者別に分類されてそれぞれのサイトにアクセスできる。候補者のサイトはもちろんもともとはてんでんばらばらの時期にあちこちのサーバーに作られた。ふつうは検索などを使って探し当てることになるわけだが、「ミネルヴァ」にコレクションされたものは整然と並んでいて、ウェブ(蜘蛛の巣)とはいささか趣の異なった秩序が形成されている。
それぞれの候補者のサイトにアクセスしようとするとフロントページが現われ、サイト名や候補者名、サイトの概要、分類、収集日(日にちをおいてサイト・データを何度もキャッシュしているから、いつからいつまでとなっている)と、いかにも図書館の作業らしくフォーマットが統一された形で情報が書きこまれている。分類やカタログ化に習熟してきた人々がコレクションすると、無秩序なウェブが別物のようになることが実感される。実際、議会図書館のほかの収集物の分類といかに整合性をとりながらウェブの特質にあったカタログ化をするかは、準備作業の過程で重要な検討項目になっていたそうだ。
セレクションや分類、カタログ化という点で、「ミネルヴァ」のサイトの収集・保存作業は、このように「インターネット・アーカイヴ」の作業とは明らかに異なっている。現在の「ミネルヴァ」のように選択的収集をするよりも、じつはすべてを集めることにしたほうがずっと安上がりらしい。「インターネット・アーカイヴ」と比較してコストが百倍ぐらいちがうと議会図書館のスタッフは言っている。しかし、選択的収集は、サイトを絞ることで丁寧に収集しカタログ化でき、研究者が利用しやすい形に整理できる。経費はかかるものの、議会図書館の仕事にはふさわしいと考えたのだそうだ。
とはいえ、いずれはまるごと、少なくともアメリカのドメインのものすべてを集める必要性も感じているという。包括的な収集は、重要人物の学生時代のサイトなど先々価値の出てくるサイトを保存できる。選択的収集とは別の意味で研究者に役立つはずだ。著作権のことを考えても、国の権限として集めるほうがより広範な収集ができるし、永続的な保存のためにも「インターネット・アーカイヴ」まかせにはできないということのようだ。「インターネット・アーカイヴ」のような組織は柔軟だが、柔軟ということは不安定の裏返しであり、長期間活動し続けられるかどうかは保証のかぎりではない。また、収集の方向性も変わってくる恐れがあると、議会図書館は見ている。
しかし、さしあたりは小まわりがきく民間組織と大所帯の国の組織が補い合ってアーカイヴ化を進めるのが好都合と考えているようだ。「インターネット・アーカイヴ」以外にも、ニューヨーク工科大学とワシントン大学の研究者からなるWebArchivist.orgという組織がウェブ・サイトのコレクションの方法についての研究に加わっている。
日本の国会図書館もウェブ・サイト保存プロジェクトを進めているが、民間組織とのこうした連携は感じられない。インターネットが大きな威力を発揮する21世紀の文化のありようは、民間組織、とくにNPOに積極的な価値を認めるかどうかが大きく左右する。そうした連携のなさが、こうした作業にも大きく関わってくると思われるが、それについては次回とりあげよう。

 

[ 342] 美容−ヘアスタイル−: 以前、、、
[引用サイト]
http://www.selpro.jp/producer/beauty-hair/archives/2006/08/post_26.php

また、皆さんが気になるカラーリングやパーマによる髪の傷み、ドライヤーやカールアイロン、紫外線による髪の傷み、これらの二つの科学的、物理的ダメージから髪を守っていく対処法を、専門知識を活かし、適切なアドバイスをしていきます!
romantique96さん>どうもです!この前のライオンの話なんですが、やはり以前から毛髪へのダメージ原因は分かっていました、今回ライオンがそれに見合った新商品があったみたいでなんらかの根拠付けの内容らしいです、、、 そういえば同期の子わかりましたよ!!びっくりでした。世間はせまいです。またお待ちしています!
お疲れちゃん。まじで、黒くなったね〜。夏を謳歌した感があってすてきじゃん♪ところで、月末か来月初にカットしに行きたいです。まだ予約いれてないけど、平日に。ボブにしたいです。このロン毛ばっさり切って欲しい。来月14日(土)に友達の結婚式があってそれまでに行こうと思ってます。ボブにもいろいろあるだろうと、ヘアカタログとか雑誌と見てるんだけど、いまいち自分の顔の大きさにマッチする気がしないの。。でも、ボブにしたい、ので何か参考になるものはありませんか?理想は小顔に見えてかわいく、おとなっぽく、まさえに似合うの。それと、これは可能か教えてほしいのですが、前話したそちらのサロンに行ってる友達も一緒に行こうかとはなしてるんだけど、カット席がとなりどうしにはなりますか?以上、ご査収の程、宜しくお願い致します!!
まーちゃん>ども!ボブね!パーマかけた方がいいのでは?ゆるくくせ毛っぽい感じで長さはアゴラインより長めが良いと思う。大人っぽくいくならシャープな感じがいいかも。席となりどうしなるけど込み合っていると不可能な場合も、、、、
ありがとう!ヴー、それって迷うね〜。どっちもすてき。ずっとストレートだったから、(天パあるけど・・・)パーマもいいと思うし、大人でいくのもありよね。大人だし♪。ロングヘアーの人ってきっとマメな人だよね。まさえにはとてもじゃないがこれ以上手入れできない。もうすぐ腰上に到達する勢い・・この間はすごくきれいにしてもらったけど、トリートメント感がなくなってしまった。次また超ウルトラサラサラトリートメントしてください。平日仕事帰りでパーマをかけれる時間ある?席はできたらで宜しくお願いします。
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[ 343] 小6教科書、縄文以前 記述なし : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
[引用サイト]
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20061222ur01.htm

しかし、旧石器時代や縄文時代については教科書にほとんど記述がないため事実上何も教えられていない状態で、考古学者の間で批判が高まっている。
「日本列島における人類史の始まりを途中から教えるという不自然な教育は子供たちの歴史認識を不十分なものにする恐れがある」
「日本考古学協会」(西谷正会長)は11月3日、松山市で開いた大会で、そんな内容を盛り込んだ声明を出した。次の学習指導要領改訂で是正するよう、今後、文部科学省などへの働きかけを強める方針だ。
教科書から縄文時代以前の記述が消えたのは、1989年の学習指導要領改訂がきっかけ。小6の歴史学習の最初の部分は、「農耕の始まり、古墳について調べ、大和朝廷による国土統一の様子が分かること」と規定されている。「農耕」とは弥生時代に始まる水田稲作を指しており、これに先立つ縄文時代以前の出来事は教えなくてもよいことになった。
このため、教科書から縄文時代以前の記述が次第に減少した。現在、すべての教科書で本文部分に、この時代の記述がなく、一部教科書で年表などに出来事が記されている程度だ。
こうした点について、文科省教育課程課は「歴史は中学でも学ぶ。小学校では通史を教えないことになっている」とするが、考古学関係者らは批判的だ。
11月の日本考古学協会の大会会場では、長野県長和町黒耀石(こくようせき)体験ミュージアムの学芸員大竹幸恵さん、神戸市教委文化財課の同富山直人さんらがパネル展示でこの問題を取り上げた。
「東日本には縄文時代や旧石器時代の遺跡が豊富にあるのに現状では教えることが難しい」と大竹さん。富山さんも「小学校で出前講座を行った時に縄文時代以前に触れることがあるが、子供たちが混乱するようだ」と述べた。
同協会は今年3月、社会科教科書問題検討小委員会を設置し、こうした問題の解決に向け、本格的に取り組んでいる。神奈川県横須賀市立長井小の釼持(けんもち)輝久教諭(57)が「教科書になければ教えられない」と、問題提起したことを受けてのことだった。今後、同協会で教科書のモデル作りを進めるほか、最新の考古学の成果を教科書改訂にどう盛り込むかについても検討する。
小委員会委員で、同協会埋蔵文化財保護対策委員会の松本富雄・事務局次長は「歴史教育が軽視されているのではないかと感じている。小学生でも歴史を系統的に学ぶ必要がある。こうしたことが、高校での歴史科目の必修逃れにもつながるのではないか」と指摘している。(関口和哉)

 

[ 344] 松岡正剛の千夜千冊『歌舞伎以前』林屋辰三郎
[引用サイト]
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0481.html

どういう意味かというと、この本が示した方向によって日本の芸能史の研究が一斉に進むことになった。
昭和29年に著されたことを驚くべき早期の成果とみるか、そのとき林屋さんは40歳だったから、まあこのくらいのことは研究者として書けるだろうとみるかは、それはこの分野にかかわる者が決めることであって、ぼくの判断にはないことだが、正直にいえば、いま40歳でこれほどの方向を適確に示しうる研究者はいないのではないかという気がする。
歌舞伎以前の芸能史など、まことに細々としたものだったはずなのに、それを扱って堂々としたパースペクティブを組み上げ、そのどこからでも大きなテーマが引き出せるようにしたこと、しかもそれを新書のような瀟洒なスタイルにおいても、いっさいの撤退をしなかったこと、こういうことはタテ割り研究に安住している昨今の日本では、めったにできるものじゃないのである。
最初に「歌舞伎以前」を日本の芸能の歴史と捉え、それは民衆の歴史だという立場をとる。ついで、それには地方史研究、部落史研究、女性史研究が絶対に欠かせないと断定する。
こういう決然とした書き出しもよかった。構成も「信西古楽図」から始めて宗達の舞楽図屏風で締めるというふうに、その後のゆるやかな学風を披露し、多くの後継者を育てた林屋さんからすると、バチバチに決まっていた。
テキストと事件と制度の関係についても入念だった。最初に藤原明衡の『新猿楽記』がとりあげられるのだが、その内容の点検を律令国家にはあった中務省雅楽寮の散楽戸が廃止されたことに関連づけ、そこから「戸」の問題へ、その背後の良民・賤民の問題へ、さらにはそこから浮かびあがる「散所」(さんじょ)の存在へと視点を移し、そこに、いまはすっかり話題になった神人(じにん)や寄人(よりうど)や供御人(くごにん)の動向をくっきり浮かび上がらせた。
とくに散所の説明は、これを最初に読んだときは、むろんぼくに知識がなかったせいもあるが、ぶるぶる震えがきたものだ。法師原や説経節の発生がしっかり見えたのもこのときだった。
ことほどさように、この新書一冊はぼくに驚くべき充実を与えてくれた。中世日本にどのように「座」や「頭」が、「一味」や「寄合」が発生したのか、そのことがどれほど日本の芸能の根底にとって重要なのか、この一冊でとんでもないことがわかってしまったのである。
林屋さんは「結座性」と書いていたが、いまなお日本人が座をもうけて気持ちを合わせるという習慣をもっていることと、そのように今日に伝わる結座の習慣がそもそも中世のどこかで生まれるにあたっては、どんなに複雑で苛酷な社会システムの変換と変更と工夫が重ねられてきたかということが、たちまちにして結びついたのだった。
中世は自由狼藉の場所をあえて創発させていったのである。しかも耐えられないほど辛い場所に。しかも想像を絶するほど明るい陽気によって。
それがなかったら、当時の芸能民の発想や所作や音曲が今日では伝統芸能という看板で守られたものになったかどうか。そこに「合わせ」という方法や連歌による「連ね」という方法が集中して自覚されなかったなら、いったい日本の今日の芸能文化はどうなっていたか。
それでもきっとわれわれは、一面のフラメンコやシャンソンのような、一様のフラダンスやファドのような、民族としての誇りある伝統芸能をもったであろう。けれども、そのかわり、扇子ひとつの動きで別々の流派になるような踊りや舞の多様を、三味線の糸の太さで浄瑠璃から清元におよぶような語りや音曲の多彩を、面(おもて)をつけるか人形の首(かしら)にするかで舞台も演目も桟敷も変わってくる見所の複雑を、さて、はたしてもてたかどうかはわからない。
もちろんこのような日本芸能のパースペクティブを跡付けるにあたって、ひとり林屋さんだけが先行したわけではない。喜田貞吉がいたし、高野辰之も岡崎義恵も折口信夫もいた。
しかし林屋辰三郎にはその先駆性とともに、まるでかつての芸能者が座を組んだような「研究における結座性」があった。林屋さんが立命館に行ったときは、そこにはすぐに"二井"とよばれる村井康彦・赤井達郎が台頭したし、ぼくは同世代なのでいろいろ話しこませてもらってきた守屋毅・熊倉功夫・堀口康生の三羽烏ははやくから精力的な芸能文化研究をおこして、歴史家にも影響を与えていた。その結座的影響力の成果は、森谷尅久を中心に執筆編集された『京都の歴史』と、全7巻におよんでほとんど芸能文化の全貌を極めた『日本芸能史』にも集約されている。
ぼく自身は林屋さんが京都国立博物館の館長時代に、講談社から頼まれた『日本美術文化全集』(通称「アート・ジャパネスク」)のときに、監修者として全巻にわたってお世話になった。その後も何かというと林屋さんには泣きつかせてもらった。
このようにわれわれがいま日本の芸能文化を語れるのは林屋さんのおかげであり、また林屋さんによってネットワークされた芸能史研究会などのおかげであるのだが、林屋さんは決して前に出ようとはしなかった人でもあった。権力や権威の一切を嫌っていた。
それは日本の「歌舞伎以前」の芸能者がつねに散所や河原や公界にいつづけていたことと「無縁」ではないだろう。
参考:林屋辰三郎の学術的な成果としては、なんといっても『中世芸能史の研究』(岩波書店)が圧巻。ほかに『南北朝』『近世伝統文化論』(創元社)、『町衆』(中央公論社)、『中世文化の基調』(東京大学出版会)、『文明開化の研究』(岩波書店)などがあるが、ぼくとしては芸能史研究会が総力をあげた『日本芸能史』全7巻(法政大学出版局)をぜひ推挙したい。ぼくの芸能文化のアーカイブはほぼここを出発点にしている。

 

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