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なけれとは?
[ 298] 武玉川 三篇・5
[引用サイト]
http://members.jcom.home.ne.jp/3111223201/mutama/mutama3/mutama3no05.htm
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藻塩は、海藻に海水をかけて塩分を多く含ませたのち、それを焼いてから水に溶かし、上澄みを煮詰めて造った塩です。 和歌にも詠われる藻塩を焼く風情を求めて、源融(みなもとのとおる)は自分の屋敷(河原院(かわらのいん))の中に陸奥の塩釜の景色をそのままに移しました。 源融の死後、ある中秋の名月の夜、荒れ果てた河原院跡に旅の僧が訪れ、老人と出会います。 老人は僧に河原院から見える京の名所を教えたりしていますが、そのうち、汐を汲む時間になったと、波間に汐を汲み始め、やがて消え去ります。 そこへきた人に今の話をすると、それは源融の霊であろうと聞かされ、もう一度会いたいという思いと供養をするため、僧は河原院で仮寝をします。 村で何かを報せるときに法螺貝を吹くというのはよくあったことのようで、例えば『富戸ボラ大漁節』には「一ツとセー 一夜明ければ留り魚 万余の群れで貝を吹く ハマー 大漁だネー」と唄われています。 ボラ師が海面を見て大漁になると判断すれば、法螺貝を吹き鳴らし、村人を動員して出漁となるのです。 ただし、この歌詞は昭和5、6年頃に作られたものですが、内容は江戸時代の歴史を詠み込んでいます。 夕立が来そうだというので、足軽が足早に(駆け足?)なりますが、安物の刀を差しているので、振動で鞘鳴りが起きます。 気がもめて仕方がなく、ふとんを頭から被りますが、炬燵を布団の外に足で突き出します。 「百万遍」は、ここでは浄土宗の百万遍念仏のことで、極楽往生を願う信徒等が集まり、弥陀の名号を唱えながら1080個の珠の付いた大数珠を100回繰り回す仏事です。 「蓬生」は、蓬が茂っているような荒れた土地、あるいは、そこにある貧しい家です。 大勢の信徒等が集まって念仏し、じゃらじゃらと数珠を繰り回すので、粗末な蓬生の家は揺れると詠んでいます。 灯籠には石灯籠・釣り灯籠・盆灯籠がありますが、釣り灯籠や盆灯籠では「味気なし」はもう一つピンと来ません。 釣り灯籠や盆灯籠には細かい細工などが楽しめますが、石灯籠は、細かい細工は目立たず、工夫をし手間を掛けてもそれだけの面白味が感じられず、味気ないということなのでしょう。 東魚さんの「灯籠は所詮仏のものだから、考へれば、味気ないことであるわい」には、納得できません。 大工が朝から夕方まで働いているけれど、遅くて仕事があまり捗らない、遅桜の時期で日は長いのに。 母親の心を開かせる合い鍵を息子(あるいは娘)は持っていて、ねだりごとをしたりします。 「拝み倒しにまだこりぬ母 武八・17」というように、「拝み倒し」も合い鍵なのでしょう。 松坂の大店から江戸の支店へ来ている若旦那ですが、臍の緒が松坂にあるのと同様に、心の芯が松坂の母親に繋がっていて、何かというと松坂を頼りにし、甘えが抜けず、江戸の風にもなじみきれません。 謡曲で知られる名所の桜川(現、茨城県桜川市岩瀬)に、春には桜の花びらが流れますが、夏の今は西瓜の皮が流れているなあと詠んでいます。 西瓜の皮の白や実の残りの薄い赤を桜の花びらと比べているのでしょうが、風情が悪く、どうにも面白くありません。 江戸時代には、八王子は炭の産地として有名で、この句で「焚いて」は、省二さんの言うように、炭焼きのことでしょう。 秋農屋翁が指摘しているように、炭焼きは冬の季語ですが、実際には夏から炭焼きを初めます(『合本 俳句歳時記 第三版』角川書店)。 冬になると本格的に焼くようになるのと、冬の風情としてふさわしいので、季語としては冬になっています。 ここでの光陰は、時間のことではなく、太陽と月のことで、ひいては、それらが照らす世の中ということです。 内侍は、一般的に言えば天皇に仕える女官ですが、平安朝の中期からは、そのうちの尚侍(ないしのかみ)は天皇の妾であることが多かったようです。 この句の作者が、それを知っていたかどうかは分かりませんが、『研究』では、一般的にしか捉えていません。 それは、『研究』の当時は天皇の絶対君主制であり、かつ明治以降の内侍は一般的な意味の位であったためなのでしょう。 いずれにせよ、天皇の妾や女官というよりは、内侍と言った方がはるかに聞こえが良いものです。 東魚さんの「わたしは岩田帯と解していた。日陰者の妾も、さあこれからは立派なお腹様になるのだぞといふ心持ちと思ってゐる。」は、わたしの感覚にぴったりです。 しかし、神田忙人さんのように、素直に、「時間をかけた念入りな化粧もでき、衣装もととのえて、うす暗い部屋から庭に面した明るい部屋か縁側へ出て来た。容姿が妾の武器である。さあ準備は整った、という気分のみえる句である。」という解釈も捨てられません。 「通り抜け無用で通り抜けが知れ」誹風柳多留・八・35があるように、通り抜け無用はいつか破られます。 夏の夜は、夕涼みの人が多くて、闇を利用して、通り抜け無用の路次を通行してしまうのでしょう。 |