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友達とは?
[ 242] 友達
[引用サイト]
http://www.h3.dion.ne.jp/~shinkiro/tomodati.html
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わたしには不思議な友達がいる。同い歳の女の子だ。友達、としか呼びようがないから、とりあえずはそう呼ぶことにする。 彼女とわたしは、実はそれほど親しいわけではない。それを言ったら、わたしには彼女などよりよっぽど仲の良い友達はいるし、彼女もまた然りだろう。 けれど、わたし達が世間一般で言うところの友達同士でないことは、わたしと彼女が一番良く分かっていることだった。 多分、長い付き合いで、ちょくちょく話したりしているということと、仲が良いということは、必ずしも必要十分条件ではないのだと思う。世の中には、何十年も離れ離れに暮らしていても、親友同士という人達だっているだろうし、逆に、毎日毎日顔を突き合わせて、おしゃべりに興じていたって、実はただのお隣さん、という場合だってあると思うから。 と言って、わたしと彼女の場合、腐れ縁というやつとも、また違うと思う。なぜなら、わたし達の間には、腐るほどきちんと結ばれていた縁など、端っから存在していなかったのだから。もしあったとしても、そんなか細くて頼りないものは、とっくの昔に腐り果てて、きっと今頃、夢の島の地中深くにでも埋もれているに違いない。 では、わたしと彼女は仲が悪いのか、というと、勿論そういうわけでもない。わたし達には、特にいがみ合わなければならない理由もなかったし、お互いを嫌い合っているわけでもなかった。もっとも、これに関しては、わたしだけに限って言えば、彼女の存在は、「やや鬱陶しい」といったところか。しかしそれも、ことさら言い立てるほど深刻なものでもなかった。 だから、もしも、このわたし達の曖昧な関係を的確に表現しろと言われたら、恐らくそれは、「最も近い他人」というのが相応しいのではないだろうか。 好き合うほど親密でもなく、嫌い合うほど積極的でもない。ただ、互いが互いのそばを通り過ぎ、縁が切れるか切れないかというぎりぎりの境界線上をふわふわと漂って、「なんとなく」続いているのだ。 もしかしたら、わたし達が友達同士であるということを一番不思議に思っているのは、わたし達自身なのかもしれない。 そもそも、どうしてわたし達がこんな不可思議な友達関係を築き始めたのかといえば、それは、二人が小学校五年生の時に、初めて同じクラスになったのがきっかけだった。 しかし、当時から、やはりわたし達は別段友達同士でもなんでもなかった。ただ、たまたま同じ学区内に住んでいた、同い年のクラスメートという関係でしかなかった。 わたしは彼女のことを、「なんだか派手っぽくて、チャラチャラした子だなぁ」と思っていたし、彼女は彼女で、わたしのことを「根暗っぽくて、気むずかしそうな子だなぁ」と思っていたのだそうだ。どうやら、わたし達はお互い、「取っ付きにくそうなタイプである」と思っていた点で、意見の一致を見ていたようだ。 そんなわたし達だったから、自然、距離を置いて接することになった。もちろん、用があれば話もするし、必要なら一緒にいることもあったけれど、それ以上のことは決してしなかった。現に、お互いの家に遊びに行ったこともなかったし、一緒に登下校したこともなかった。本当にただのクラスメートで、それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。 そうして、二年間ほど同じクラスで過ごした後、わたし達は無事小学校を卒業した。そして、家の位置が大通りを挟んであちら側とこちら側にあったせいで、学区域を異にする、別々の中学校に進学することになったのだ。 本来なら、大抵の人達がそうであるように、ここでわたし達の関係もすっぱり途切れるはずだった。そして、わずかな記憶は、全て美しい思い出に都合良く変換されて、その存在は、「懐かしい小学校時代」を振り返るためのスパイス程度のものに成り果てるはずだったのだ。 実際、少なくとも、わたしはそうなると思っていた。わたしだって、彼女よりももっとずっと親しかった友達ですら、学校が違ってしまって、急に疎遠になってしまったりしたのだから。元々薄かった彼女の存在など、言わずもがなである。 ところが、義務教育生活ももうじき終わろうかというある日の夕方、突然わたしの家の電話のベルが鳴った。 わたしは二階の自室からばたばたと階段を駆け降り、「はい」と言って、玄関脇にある電話の受話器を取り上げた。すると、電話の向こう側で、聞き慣れない女の子の声が、「アオヤギですけれど……」と名乗り、わたしのことを呼び出そうとした。 しかし、呼ばれた当人であるわたしは、受話器を握りながら、「はて、アオヤギって誰だったっけ?」などと、真面目に考え込んでしまった。 中学校に通う三年間のうちに、彼女の存在は、すでにわたしの脳味噌の中から抹消しかかっていたのである。 やや困惑した彼女にそこまで言われて、ようやくわたしは、「アオヤギ」が、かの「青柳恵子」であることに思い至った。 わたしには、特別親しくもなかったかつてのクラスメートから電話される心当たりなど、まったくなかったのだ。 「ううん、わたしは私立の女子高に行く。もう推薦もらってるし。あそこはね、わたしの彼が行くっていうから、どんなところなのかなって思ったの」 「彼」。彼女の唇から何気なく漏れ出た単語は、当時、わたしにはまだまだ遠いものだった。 「恵子ちゃん、やっぱり付き合っている人がいるんだぁ。そういえば、前々から噂話は色々飛び交っていた子だもんねぇ……」と、わたしはなんだか妙に感心してしまった。とは言っても、それは、彼女が中学生のくせしていっぱしに彼氏がいるということにではなくて、わたしの全然知らないところで、彼女が見事にわたしが想像したような人生を送っていることに、だった。 「変なこと聞いてごめんねぇ。もしかしたら、奈美なら知ってるんじゃないかって思ったの」 後から冷静になって考えてみると、どうして彼女が、よりによってうちに電話してきたのか、わたしには疑問だった。 高校のことが知りたいなら、学校の先生や、同じ中学校の友達や、それでも駄目なら、小学校の時にもっと仲の良かった友達に聞くかすれば良かったのに、とわたしは思ったのだ。 なにもわざわざ、自分のことを半分忘れかけているような、薄情な元クラスメートのところになど、電話する必要はなかったのに。 そう思い、後に彼女に直接尋ねてみたところ、「だって、最初に頭に浮かんだのが、奈美だったんだもん」という、まったく要領を得ない回答が与えられた。 けれどそれは、わたしにとっては、「卒業しても、わたしのことをずっと覚えていてくれて嬉しいわ」と言うより、むしろ、「なんで、わたし?」と言うのが率直な感想だった。彼女には悪いけれど、正直、理解に苦しむ。 その後も、彼女からは不定期の連絡がぽつんぽつんと入った。それこそ、半年とか一年とか、そういう単位で何の前触れもなく、彼女からの電話がかかってきたり、手紙が届いたりするのだ。 そしてそれは、「ねぇ、会社の面接って、どんなことすればいいの?」とか、「読みたい本があるんだけど、持ってない?」とか、ちゃんとした用事がある時もあったし、そうでない時もあった。むしろ、どうでもいいようなことのほうが多かった気がする。 わたしがたまたま忙しくて、手紙の返事を出すのが遅れたり、電話をかけても留守だったりすると、彼女はわたしを捕まえるまで、執念深く返事を催促し続けるのである。 一時期、わたしは彼女のあまりのしつこさに閉口し、しばらく意図的に放っておいたりもしたのだが、彼女はいっこうに諦める気配がなかった。そのうち、わたしに代わって何度も電話の取り次ぎをしていた母に、「あんた、こんなに熱心に連絡してくれる人に対して、不義理なことをしちゃいけないわよ」などと、なんだかわたしのほうが悪いことをしているように扱われ始める始末だった。 かと思うと、そうやってまた、とりあえずわたしと連絡がつくと、彼女はそれだけで満足してしまうのか、途端に今までの連絡攻撃が嘘のように、ぱったりと音沙汰がなくなってしまうのである。これの繰り返しだった。 こうなってくると、わたしとしても、もう多少馬鹿にされているような気もしないでもなかったが、我ながら人が良いというか、単に懲りない性格というか、一々律儀に彼女の気紛れに受け答えしてしまうのであった。 しかし一方で、それでも益々、まるで天災のように忘れたころにやってくる彼女のコンタクトに、わたしの疑問は深まるばかりだった。 大体、彼女がここまで意地になって、わたしと接触しようとする理由が見つからないのである。 彼女は実に社交的なタイプで、はっきり言って八方美人すれすれ、という人だったから、ほかに友達がいないということもないだろう。淋しさから、すでに半ば消えかかっているような、わずかなわたしとのつながりを求めているとも思えなかった。 わたしは口下手な上に、地味で面白味のない人間だったから、彼女のように、いつもきらきらと華やかで、にぎやかな人にとっては、敬遠こそすれ、さして楽しい話し相手だとも思えなかった。同じ暇潰しの相手なら、もうちょっと、趣味も性格も自分に近い人を選びそうなものではないか。 それがどういう因果でか、わたしに白羽の矢が立ってしまった。そして、訳が分からないまま、わたしは今日まで彼女の気紛れに付き合い続けてきたのだった。 そうして、またまた久方ぶりに彼女からの連絡が入ったのは、わたしが「さぁ、今日はもう寝てしまおう」と思って、パジャマに着替え、ベッドの布団をめくり上げた時のことだった。 階下からわたしを呼ぶ母の声がしたので、仕方なく、わたしはいったん眠るのを諦め、電話に出た。 「そろそろあの天災が来るころかなぁ」と、いくぶん覚悟は決めていたのだが、やはりいざやられてしまうと、結構胸にくるものがある。こうなったら、もう、一種の災難として、潔く諦めるしかない。 けれど同時に、最近のわたしはすっかり心得たもので、上手に彼女をあしらう方法というのも、しっかり身に付けていた。 にこやかに、嘘八百もいいところの台詞を吐きながら、わたしは、「あーあ、面倒くさいなぁ。早く切ってくれないかなぁ」と思っていた。 しかし、これでまた、この先半年は安泰が約束されるのだと思うと、自然と顔がにやけてくる。 もう、午前零時をとっくに回っているのである。そういう時刻は、普通は電話をかけるだけでも気兼ねしそうなものなのに、それを家まで押しかけるというのだ。 「だってもう、奈美んちのすぐ近くまで来ちゃってるんだもん。いいよね? じゃ、すぐに行くから」 わたしが着替える間も与えず、彼女はあらかじめ宣言した通り、本当にすぐにやってきた。 そう、よくよく考えてみると、これほど頻繁に連絡を取り合っていたくせに、わたしが実際に彼女と顔を合わせたのは、小学校の卒業式以来のことだったのだ。 彼女は茶色い髪の毛に緩くパーマをかけ、元の顔など到底窺えないほどに、これまたばっちりと厚く化粧を施していた。口紅など、毒々しいくらいの赤だ。そして、金ボタンの付きの鮮やかな黄色いスーツは、さぞかし夜目にもくっきりと浮かび上がったことだろう。 とにもかくにも、わたしはさっそく彼女を二階の自分の部屋に上げた。まだ起きている家人と一緒では、やはり彼女も気詰まりだろうと思ったのだ。 図々しいのも、ここまで徹底されてしまうと、わたしはもはや何も言う気が起こらなかった。 わたしは、「あれじゃ、紅茶じゃなくて、砂糖湯だよ」と思いながら、なんだか胸焼けがしてしまった。 それでもわたしは平常心を保ちつつ、「ははは」と乾いた笑いを漏らしながら、頭を掻いた。内心、「余計なお世話だ」と思いながら。 それから彼女は、会社の上司が嫌な奴だとか、最近ブランドの服が安く手に入る店を見つけたとか、この前見に行った映画のラストシーンが感動的で良かったとか、そんなたわいもない話を一方的にまくしたてた。 わたしはひたすら聞き役に徹して、ただ、「ふーん」だの、「へー」だのと、あってもなくてもいいような相槌を打っていた。 そのうち、わたしが、「一体この人、夜中に人の家に強引に押しかけてまで、何、意味のないことを言っているんだろう?」と思い始めたころ、 彼女は突然声を荒げて、脇にあったベッドをばしんと叩くと、わたしに食ってかかった。どういうわけか、彼女の目が据わっている。 「わたしが、何の用もなしにのこのここんなところまで来たとでも思ってるわけ? 話を聞いて欲しいからじゃないの!」 完璧な言いがかりである。なんでわたしが、夜中に何の遠慮もなく押しかけてくる人間の精神状態まで、一々親切に推し量ってやらねばならないのか。 とうとう堪忍袋の緒が切れたわたしは、今日こそ彼女にそう言ってやろうと心に決めたのだが、その前に、彼女のほうが先に立ち上がってしまった。 そう怒鳴ったあと、彼女は来た時と同じように、振り返りもせずに一直線に家を出ていった。 結局、振り上げた拳のもっていきようがなくなってしまったわたしは、「いっそ、玄関に塩でも撒いてやろうか」と思いながら、釈然としない気分のまま、ティーセットを片づけることにした。 しかし、台所の流しで二脚のティーカップを必要以上にごしごし洗っているうちに、次第に熱くなっていた頭も冷え、理不尽な彼女に対する怒りもみるみるしぼんでしまった。 そして、その相手が、よりにもよってこのわたしでなければならなかったことに、体の芯がずっぽりと抜け落ちてしまったような、そんなうそ寒さを感じた。 彼女がティーカップの縁に残した濃い口紅の跡をスポンジでこすりながら、わたしは陶器に触れる指先が、冷たく凍りついていくような気がした。 もはやわたしは、彼女の行動を責める気にはなれなかった。そして、今も暗闇の中をパンプスの高いヒールを鳴らして歩いているだろう彼女の黄色いスーツが、目蓋の奥で急にくすんで見えた。 わたしは湯沸かし機の蛇口をひねりながら、「今度くる時は、ぜひとも昼間に来てほしいなぁ」と思っていた。 |