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いたしとは?

[ 107] 昔はしつけがしっかりしていたしのか?
[引用サイト]
http://www2m.biglobe.ne.jp/~Ippongi/fpi/shounenhou/sh000001.htm

そもそも、現代の青少年のしつけが問題視される際に、しばしば持ち出されるレトリックは、「普はしつけがしっかりしていた」というものである。しかし、はたして昔はそんなにハッピーな状態だったのだろうか。本書でここまでみてきたような歴史をもとに、冷静に考えてみると、そうした<昔はよかった>という歴史像には、いくつかの誇張や歪曲のメカニズムが働いていることがわかる。「昔はしつけがしっかりしていた」という説は、きわめてあやしいのである。
たとえば、「昔は家庭のしつけがきびしかった」という論を考えてみよう。本書の前半でみてきたとおり、まだ貧富の差が非常に大きかったころの日本社会では、しつけに関して階層間の格差や地域間の格差が非常に大きく存在していた。農村で少年期を過ごした年配の読者の中には、ある日都会からやってきた転校生の上品な言葉づかいや行儀のよさに触れたときの、羨望と憎しみとの入り混じった感情を覚えている人もいるかもしれない。
礼儀作法や道徳などを親が細かく子供に教え込んでいたのは、もっばら都市のサラリーマン・インテリ層や地方農村の富裕層にすぎなかった。かつての農村社会では、子供の自然の成長や自覚を期待する放任的なしつけが庶民の一般的なあり方だったため、多くの階層では、<労働のしつけ>を除けば、子供のしつけは「ゆるゆる」の状態であった。伝統的な庶民家族では、基本的生活習慣のしつけはほとんどなされず、礼儀作法のしつけも士族の家庭や札内上層のごく一部の層に限定されていたし、戦後の1950年代農村のしつけ調査でも、親が小学生の子供をほめたり叱ったりするのは、もつばら家の仕事の手伝いに開しでのみであった。広島県の山奥の町の、けっして豊かとはいえない家に生まれた私の場合、思い出してみてもしつけらしいしつけを家庭で受けた記憶はない。
かつての日本社会は、社会階層差や地域差が大きく、どの家でも「きぴしいしつけしをしていたというわけではなかったのである。そうした中で、豊かな階層の出身者が多い学者・文化人や政治家などは、自分の家のしつけの思い出を不当に拡大して、「昔は曾の家でも)家庭のしつけがきぴしかった」と断定しているのではないだろうか。そこでは、きぴしいしつけなど思いもよらない多くの家庭があったことが忘れられている。また、多くの人たちは、断片的な回想(まれにひどく叱られたこと)や、断片的なしつけ事項(畳のへりを踏むな、といったこと)を不当に一般化して、「昔は家庭のしつけが(生活全体にわたって)きぴしかった」とイメージしているのではないだろうか。そこでは、鍬を洗わないでいて叱られたことは記憶にとどめていて、手を洗わなくても何も言われなかったことを忘れている。
また、現代の父親不在や子供に甘い父親を批判して、「昔は家族の中で父親がしっかりとした存在であった」という論もよく耳にする。しかし、そうした議論は、裏返しの悲劇や抑圧が数多くあったことを忘れてしまっている。家族に対して権力と権威を持った昔の父親が、必ずしも物事のよくわかった人たちばかりではなかったこともまた事実だったのである。家族に当たり散らし、子供に無理解な、ワンマンで思いやりのない父親は少なくなかった。戦後の多くの若者たちが経験してきたことは、頭が固く専横な父親の干渉や支配と対立し、そこから抜け出すことではなかっただろうか。「あんな父親は許せない」という強烈な思いが、青少年の自己意識を形成する触媒になったのだとしたら、それはそれで親が子供の成長に重要な役割を果たしたことになるのかもしれない。ただし、憎悪や軽蔑をともなった反面教師としてではあるが。
現代の「父親の復権」論は、父親が大黒柱でもあり暴君でもあった過去の家族の一面のみを誇張し美化しているのである。「昔の父親はしっかりしていてよかった」とは簡単には言いきれないのだ。
祖父母と同居するかつての大家族が、「多様な人間関係を学ぶ場」としてよかったのだ、という声も開かれる。しかし、そこでも、かつての家制度がもっていた重苦しい抑圧性という部分が忘れられている。家族内で絶対的な権力や権威を持っていた頑固な祖父や意固地な祖母、そうした存在が親や子供をどれだけ縛りつけていたか。戦後、嫁と姑の力関係の逆転が進行して、おとなしくて物わかりのいい祖父母が増えてきたとき、かつての三世代家族はロマンチックにイメージされるようになったのではないだろうか。
もう一つ、青少年の凶悪事件が起きるたびにしばしば開かれるのは、「昔の子供たちは限度をわきまえていた」というものである。いじめで自殺事件が起きれば、「普もいじめはあったが今ほど陰湿にいじめることはなかった」という声が上がるし、ナイフによる殺人事件が起きれば「普はナイフを持っていても人を殺すことはなかった」などと言われたりする。しかし、そこには錯覚や誤解による過去の美化がなされている。 いじめについていえば、図6・1のように、現代の大人たちは、かつて自分の身の回りで起こった軽微ないじめを、マスコミが大々的に書き立てる現在の極端ないじめと比較しているのではないだろうか。
「私が子供のときにクラスで流行ったいじめは、鹿川裕史君の受けたいじめほどひどくはなかった」というふうに。だが、実際には昔も程度のひどいいじめはあったし、今のいじめのかなりの部分は軽微なものなのである。元来異なる位相のものを比較しているのだから、マスコミに書き立てられるようないじめの方が陰湿なのはあたりまえなのである。
一九九四年に大河内清輝君がいじめに耐えかねて自殺したとき、「私もいじめられた」という声がさまざまなメディアに載せられた。その声は、小学生からお年寄りまで、広い世代にわたっていた。おそらく昔も今と同様に、陰湿ないじめを苦にして自殺したかわいそうな子供が少なからずいたはずである。しかし、彼らは気の毒なことに、鹿川君や大河内君のように大々的にマスコミに報道されることはなかった。ほとんどの場合、「交友関係の悩み」とか「学友との不和」などといった原因の説明がなされて、警察統計の数字の一つにひっそりと片づけられるにすぎなかった。以前には、いじめはけんかと同様に、子供同士のつまらないもめ事にしかみられていなかったからである。「昔はナイフを持っていても人を殺すことはなかった」というのも、図6・1のようなメカニズムが作用した錯覚である。 1960年に「少年に刃物を持たせない」運動が起こったのは、青少年の刃物による殺傷事件が相次いだからであった(直接には浅沼稲次郎社会党委員長が右翼少年に刺殺された事件による)。ちなみに少年の殺人件数の堆移をみると(図6・2)、今よりも三十年ほど前の一時期のほうがはるかに件数が多かった。また、最近話題になることの多い、十代前半の年齢層による殺人も、けっして増ぇてきているわけではない。「キレる」というのが現代のキイ・ワードになっているが、昔も「カッとして」とか、「衝動的に」といった表現で説明される少年事件は少なくなかった。「最近の少年たちは(以前より)キレやすくなっている」と断定するためには、もつと慎重な検討の手続きが必要である。
さらにいえば、「酒鬼薔薇」事件のような、青少年による猟奇的な犯罪も、今に始まったことではない。赤塚行雄編『青少年非行・犯罪史資料』ゃ、山本健治編著『〔年表〕子どもの事件1945-1989』などの戦後少年非行事件史をのぞいてみると、数限りなくあったことがわかる。考えてみれば、M君や「酒鬼薔薇」少年にかぎらず、「近所のアブナいお兄ちゃん」は昔もわれわれの身の回りにいたものである。
現状を憂えるあまり過去をいたずらに美化することはやめて、きちんと歴史的な変化をふまえた議論をすることが必要である。

 

[ 108] DANCE CUBE -チャコット web magazine-
[引用サイト]
http://www.chacott-jp.com/magazine/info/pickup.html

ロ−ラン・プティの傑作といえば、当然のように『若者と死』『カルメン』が挙げられることが多い。しかしプティはまた、『くるみ割り人形』や『眠れる森の美女』を機智に富んだアイディアで生かして読み直し、秀逸な舞台を演出・振付を行っている。
なかでも『コッペリア』は、ホフマンの原作のテーマをプティ自身が絶妙に踊り、熟練の技をよって舞踊史に名を残す新しい傑作に仕立てあげた特別の作品である。来日公演でも、パトリック・デュポン、ドミニク・カルフーニそしてプティという素晴らしいキャスティングで上演されているので、ご記憶の方もいると思う。
しかし、プティが踊ったコッペリウス博士は絶品。幼い頃からパリのカフェでステップを踏んでいた、プティの身体に棲み着いた<ダンスの精>に匹敵するものをもった役者ダンサーが見付けられるだろうか。
ルイジ・ボニーノ。このイタリア生れのヌレエフ・フリークを自称するダンサーは、プティのダンスの楽しさの精髄を知っている。十八番のチャップリンのダンスは何回見てもおもしろい。チャップリンはスクリーンの中から一度黄泉の国に行って、舞台に戻ってきたのではないか、と思わせる。ボニーノのコッペリウス博士なら、プティよりも小技をたくさん使うのかも知れない。
もう一人、『こうもり』のウルリック役でスポットを浴びた小嶋直也。3月公演の『ロメオとジュリエット』でもマキューシオを踊って、いよいよ復活と思わせた小嶋のコッペリウス博士、ぜひ観てみたい。
スワニルダにはルシア・ラカッラ、本島美和、寺島ひろみが踊る。フランツにはシリル・ピエール、レオニード・サラファーノフ、山本隆之。ラカッラとピエールはご存知のとおり。サラファーノフは、マリインスキー劇場公演で会場を沸かせた生きのいいダンサーなので、こちらも大いに楽しみである。
松山バレエ団とBunkamuraは、1996年以来、毎年ゴールデンウィークを締めくくる日に、「子どもの日特別公演」を行っている。
バレエを子どもたちやファミリーのために親しみやすい内容で公演する、ということはとても大切なことだと思う。子どもたちにとって舞台の世界を知り、バレエの美しさを楽しむことは、年齢的にも早ければ早いほど良い影響を受けるはずである。ましてバレエの新しい才能を育むためには、子どもたちに門戸が開かれていることが最低の条件である。
松山バレエ団は今まで、『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『シンデレラ』『ジゼル』などの名作のハイライトを上演して、この催しを継続してきた。今回は、シェイクスピア原作、プロコフィエフ音楽の傑作バレエ『ロミオとジュリエット』のスペシャルハイライトを上演する。
『ロミオとジュリエット』は、舞踏会にデビューした純真な少女が激しい恋をして、わずか数日の間に一人の女性としてのはっきりとした選択をして生きて行く、という物語。結果的には厳しい運命に突き放されて、悲劇的な短い一生を終るが、素晴らしい勇気を持って生きたジュリエットに、ナイーブな子どもたちの心は必ず共感するだろう。
服部有吉は、国民栄誉賞受賞の音楽家、服部良一を祖父に持ち、ノイマイヤーが率いるハンブルク・バレエ団のプリンシパル・ダンサー、新進気鋭の振付家として、ヨーロッパの舞台の最前線で活躍してきた。
昨年、カナダのアルバータ・バレエに拠点を移したが、日本では2004年以来毎年、北村薫の『盤上の敵』や芥川龍之介の『藪の中』を題材にした作品、あるいは祖父、服部良一の昭和の歌謡曲を主題としたミュージカル風の『R・ハッター』などの才気溢れる作品を発表してきた。昨年は、首藤康之と共演した『Homo Science』、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』に想を得た『ゴーシュ』を、振付、主演し、今までの日本のダンスになかった斬新な音楽性と細やかでシャープなダンスが注目を集めた。
今年は、デンマークやパリの管弦楽団、日本の主要なオーケストラで指揮をとっている金聖響とコラボレーションする新作『ラプソディ・イン・ブルー』を上演する。
服部有吉は、この『ラプソディ・イン・ブルー』にバランシンへの憧憬を込めて、「踊りと音楽の交響をしたい」と語っている。伝える、伝わる、それを受け止める、無視する、継承する、観察するなど様々なコミュニケーションから生じる感情と表現を、ガーシュインやドビュッシーの音楽と融合した荘大なシンフォニック・バレエとして描くという。また出演ダンサーの実際の経験や心の動きなどもフィーチャーしていくというから、ヴィヴィッドな舞台を期待したい。
しなやかな動きで人気のあるラスタ・トーマスがゲスト出演する。ラスタ・トーマスは、ヴァルナを始め、各国の国際バレエ・コンペティションで数々の金賞を受賞し、最近はビリー・ジョエルの音楽によるブロードウェイのヒットミュージカル『ムーヴィング・アウト』に主演している。また、ストリート・ダンス出身で、ロ−ラン・プティの『ピンク・フロイド・バレエ』に出演するなどコンテンポラリー・ダンスで活躍し、最近ではシルク・ド・ソレイユにポテンシャル・アーティストとして登録された辻本知彦も出演。そして「報道ステ−ション」のテーマ曲で知られるジャズピアニスト、松本貴志も参加するという。
日本の代表的音楽一家出身のサラブレッド、服部有吉の繊細で音楽性の豊かな感覚と機智に富んだセンスが創る舞台が楽しみである。
平山素子の最近の活躍は目覚ましい。昨年3月にはボリショイ劇場バレエ団のスヴェトラーナ・ザハロワにソロ作品『Revelatio』を振付、9月に新国立劇場で『Butterfly』を再演、今年の2月には愛知県芸術劇場に『ハムレット〜幻鏡のオフィーリア』のオフィーリア役で振付、出演した。そして今回の自身のソロと9人のダンサーによる新作。さらに08年の北京オリンピックのシクロナイズドスイミング日本チームの演出・振付を担当することに決まっているという。
『型取られる生命』は、第1部は「Twin Rain」で平山素子のソロダンス。第2部は「un/sleepless」で9人のダンサーに振付けたものである。
「Twin Rain」は、昨年7月、美術家の渡辺晃一の個展『Dance×平山素子』の会場で行われたパフォーマンスをモティーフにしたもの(06年8月号で紹介している)。
この渡辺の個展は、踊る平山の身体を光樹脂素材により、独自の3次元のデジタル技法でそのまま型取った等身大のオブジェを、渡辺が制作してギャラリーに展示。半透明の素材で踊りの瞬間を結晶した平山の型と生身の平山は、その空間でコラボレーションを行った。
型取られたオブジェは、文字で書くと抜け殻のようだが、まったく異なっている。内面に浮かぶヴィジュアルが、マテリアルとなって、平山の身体性を表しているといった印象を受ける。このパートはおよそ30分のソロとなるそうだ。

 

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