| このページは 04月のキャッシュ情報です。 |
今回とは?
[ 309] 今回の対決
[引用サイト]
http://www.kyoritz-p.co.jp/u-cooking/taiketsu/48.html
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広い敷地のただ中、青いつなぎの作業服にヘルメットという完全装備で立っているのはお馴染みイニツィア・ラ・クチーナの西城シェフとクッKING隊・西澤隊長。いったいそんな格好で何をするのかと思いきや、突如2人は地面に口を開けた縦穴へとはしごを使って下りていきました。いったいこの地下に何があるのでしょうか…?! さて、話を少して戻して長野駅前・プリズムビル。集まった西城シェフ・西澤隊長・井出隊員・松里隊員の4人は今回のテーマについて話をしています。 (西城シェフ)「実は今回は“真っ白い食べもの”を探してほしい!」 今回のテーマはまさに今の時期にぴったりの、「SNOWホワイトな食べもの」。“雪のように白い食べもの”を探してほしいというのです。 早速SNOWホワイトな食べものを求め、シェフと隊長の2人がやって来たのは東京都・立川市。 何でもここ立川に有名な白い食べものがあるという情報を聞きつけたシェフ。しかしシェフ自身もそれが何かまではわからないとのこと。そこで2人は市内に赴き、その有名な「白い食べもの」に関する聞き込み調査を行うことにしました。 (シェフ・隊長)「東京に有名な白い食べものがあるって聞いてきたんですけど、ご存知ですか?」 道行く人たちに声をかけ、白い食べものに関する情報収集を行った2人。しかし中々有力な情報が得られません。あきらめかけたその時、ある女性がこんな情報をくれました。「ウドじゃないですか?東京の立川が有名なの」 こうして聞き取り調査の結果判明した立川名物の白い食べものとは、『ウド(独活)』でした。ウドは千年以上の昔から栽培される数少ない日本原産の野菜です。そして東京のウドは江戸時代からの名産品。その理由は東京ウドの雪のように白くて美しい姿にあったのです。 東京ウドを求め、五日市街道を歩く2人。と、ここで目に飛び込んできたのは歩道に沿って続くブロック塀に立てられたある看板。その看板に書かれていたのは、 <<立川特産 東京うど ご利用の方は…>> 早速その看板に書かれていた情報を基に東京ウド生産者の須崎雅義さん(PHOTO)を訪ねたシェフと西澤隊長。ウド畑に案内して頂いたのですが、そこには広大な敷地が広がるばかりでどこにもウドらしき姿が見当たりません。「ウドは??」と隊長が尋ねると、須崎さんは地面を指差してひと言、「ここです」。 須崎さんが指差しているのは、どうみても何も無いただの地面。ますます混乱するシェフと隊長ですが、実は近年まで白いウドの栽培技術はめったに漏らしてはいけない秘密でした。それほど貴重品だったんです。 2人が探していたウド畑ですが、答えは須崎さんが指差した地面のその下。そう、“地下”だったのです! それであの番組冒頭シーン、作業服の2人が地下へと下りていくところへと繋がったのでした。 敷地の一角にかぶせられた毛布を須崎さんがどけると、そこに突如地下穴が出現しました。穴の直径は大人一人が下りていくにはちょうどいいくらいの大きさでしょうか。中には下へと降りていくための長いはしごがかけられていました。 敷地のただ中に突如出現した地下穴。歓声を上げながら中を覗きこむシェフと隊長ですが、真っ暗な穴がずっと下まで続いていて底が一向に見えません。どうやら結構な深さのようです…。 須崎さんによるとこの地下穴は約3m半の深さとのこと。元々あった井戸などを利用したのではなく、ウド栽培のために作ったんだそうです。 ちょっとした探検隊気分ではしごを下り、地下へと入っていく2人。楽しそうに下りていったシェフに比べ、暗く狭いところが苦手な隊長は若干ビビりながらのチャレンジ。 前の日に降った雨のせいで穴の中は湿気で一杯です。しかし思ったより暖かいよう。やがて地下までたどり着いた2人は、真っ暗なトンネルの中を須崎さんの声を頼りに手探りで進んでいきます。…と、ここで須崎さんがろうそくに火を灯しました。するとそこに映し出されたのは…。 暖色のろうそくの火に照らし出されたのは、約3m半の地下でニョキニョキと伸び育つ真っ白なウド達の姿。何とも幻想的な姿です! その不思議な光景に、感動と興奮を隠し切れないシェフと隊長。まさにこれこそが2人が探していた東京ウド。神秘の地下・ウド畑です!!(PHOTO) 須崎さんによると、こうして真っ暗な地下で育てるので白いウドになるんだそうです。しかし隊長は太陽光の届かない地下で野菜が育つことが不思議でなりません。その点を尋ねた所、「ウドの根が持つ力だけでこのように育つんです」とのこと。 シェフがその場でもぎ取ったばかりの東京ウドを食べてみました。パキっといい音を立てて折れたウド、「ほんとおいしい!瑞々しい!」 山で採れたウドとこの東京ウドの違いについて、「やはり白いだけあって柔らかいですね。アクも少ないです」と須崎さん。これには食べてみたシェフ自身も「確かに普通のウドと違って皮をむかなくても柔らかいよね」 シェフと隊長が持ち帰った東京ウドを見た井出隊員と松里隊員も、その白く美しい姿にすっかり感動。ちなみに2人は東京在住ですが、東京ウドのことは知らなかったとのこと。 さて、東京ウドを見た井出隊員からはこんな言葉が飛び出しました。「きっと信州にも白い食べものってあると思うんだよね!」 ここでシェフが何かをひらめいた様子で、「僕も名前しかわからないんだけど、『銀河の貴婦人』と呼ばれるものがあるらしいんだよ」 そこで井出隊員と松里隊員はこのシェフの情報を基に、今度は信州の白い食べもの・銀河の貴婦人について調査することになりました。 2人がやって来たのは信州・坂城町。どうやらここが銀河の貴婦人の産地らしいとのこと! 訪ねたのは、坂城町 明日の農業を考える会 代表の深井幸年さん(PHOTO)。実際に「銀河の貴婦人」を見せて頂くことになりました。 深井さんに案内頂き2人が入っていったのは何と、長野新幹線建設時の工事用トンネル!その役目を終え、後に坂城町が譲り受けたのです。このトンネルは全長730m。中の気温は年中16度・湿度90%と暖かいんです。 「ここに銀河の貴婦人が!?」と不思議に思いつつ、深井さんと共に暗いトンネルを奥へ奥へと進んでいく2人。中間に差し掛かったところで突如、ライトに照らし出された無数の人影が! 何とこのトンネルの中で収穫作業されている坂城町 明日の農業を考える会の皆さんでした。もちろん収穫作業の対象は「銀河の貴婦人」です。そう、「銀河の貴婦人」とはホワイトアスパラガスのことなのでした。 栽培箱の中には真っ白な美しいアスパラガスがたくさん育っています。てっきり竹の子か姫竹だと思っていた松里隊員は少しビックリ。 お話を伺ったところ、このホワイトアスパラガスは2〜3週間で成長し、収穫できるようになるとのこと。思った以上の成長の早さにさらに驚く2人。 こうして「銀河の貴婦人」とは、何とも珍しいトンネル栽培の白くて美しいホワイトアスパラガスであることが判明したのでした。 ちなみにアスパラガスはユリ科で、その語源はギリシャ語で「アスパラボス(新芽)」という意味。ヨーロッパでは古くから春を告げる野菜として特に愛されてきました。 早速今ここで採れたばかりのホワイトアスパラガスをいただいた2人。その瑞々しさを証明しているかのように、切り取ったそばからもう切り口に水が染み出しています。 一口かじってみて、「うん、おいしい!!」「もっと緑くさい苦味があるかと思ったんですけど、全然無いですね〜」 すると突然、「そうそうみんなよくわかったね〜。このホワイトアスパラガスはグリーンアスパラガスと違って甘みが強いのが特徴なんですよね!」と、作業中の皆さんに混じって微笑む西澤隊長の姿が。びっくりする女性陣、何でも隊長はずっと前からそこにいて2人を見守っていたんだそう(笑) A.アスパラはつまよう枝ぐらい細いものもあれば普通の太さのものもあります。その違いの理由は栄養のバラツキや成長速度によるものではなく、生まれた時に既に太さが決まっているんです。 A.(銀河の貴婦人とホワイトアスパラガスが違うことに驚く3人)一番の違いは、栽培環境です。普通のホワイトアスパラガスは上から土をかけて日光をさえぎり、白くしているんです。そのためどうしても土が付いたり皮が厚くなりがち。しかし銀河の貴婦人はトンネル内でそのまま栽培されているので、「土に汚れない」「皮が柔らかい」「生食できる」という特徴があります。 さて、3人は興味津々に今自分たちがいる全長730mのトンネルの終着点まで行ってみました。 その行き止まりの厚さ1mの壁の向こうにはもう何と、実際に長野新幹線が走っているというのです!それを知った3人は興奮気味に壁に耳を押し当ててみました。…とちょうどその時、新幹線が通過!! この不思議な体験に3人は大喜び。松里隊員にいたっては驚きでただもう、呆然とするばかりなのでした。 3人は深井さんのお宅にお邪魔し、奥様・弘子さん(PHOTO)に生産者ならではの銀河の貴婦人のお料理を作って頂きました。おひたし、煮びたし、天ぷら(PHOTO)と、極上のホワイトアスパラ・銀河の貴婦人が見事な料理になりました。どれもおいしそうです! 早速いただいた3人、「グリーンアスパラガスとは一味も二味も違って、柔らかいですね!しかも甘みがとっても強い感じがします」 弘子さんに伺うと、特に下ゆではせずにそのまま炒めたとのこと。それでこの柔らかさとは、さらにビックリの3人。またかつおのダシともとてもよく合っていて、本当においしいホワイトアスパラガス・銀河の貴婦人なのでした。 後ほど3人が持ち帰った銀河の貴婦人を手に取ったシェフも、手触りを確かめて出た言葉は「見てくださいこれ、ツヤッツヤ!!」と、本当に感心しきりでした。 所変わってイニツィア・ラ・クチーナ厨房。今回の対決のテーマは、「白い食材を使った料理」です。これにはシェフも思わず、「『白いお皿に白い料理』っていうのは僕らプロでも難しいですよ。君たちのアイデアが試されますね!」 さて、久々に登場の松里隊員は大きなかぼちゃを使った料理・「ホワイトアスパラガスのスープ かぼちゃの馬車に乗って」、圧倒的な腕前の井出隊員は今回もどんな料理を見せてくれるのか、「たっぷり野菜のホワイトタルタル」に、そして西澤隊長は白一色にこだわったお料理・「豆腐とハンペン ホワイトメダル風」にそれぞれ挑戦しました。(お料理レシピへ) ホワイトスープを作る一つ一つの工程を丁寧に仕上げていく松里隊員。また井出隊員も相変わらずの手際のよさで、盛り付けにも凝ってお料理を仕上げていきます。一方の西澤隊長、今回はいつにも増して楽しそうに調理を進め、料理を仕上げていきます。 やがて、隊長はワンピース毎にトッピングを変えた色々な味が楽しめるアイデア料理、井出隊員は散りばめたパプリカがホワイトタルタルの美しさを一層引き立てた美しいお料理、松里隊員はかぼちゃを丸ごと使ったインパクト抜群なお料理がそれぞれ完成しました。 今回は西城シェフとホールスタッフの清水真理子さんのお2人に試食判定して頂きました。それぞれ持ち点50点、合計100点満点で料理を採点して頂きます。お2人は井出隊員の料理に対して、 「辛い…」「おいしかったです。一皿で色んな味が楽しめるのは面白いですね」 「キノコ嫌いだけど、おいしいですね」一方のシェフ、一口食べて表情が変わりました。二口目、三口目と立て続けに口に運びます。 何と今回またもや高得点が!!96点を叩き出し、見事勝利したのは松里隊員でした。ただただビックリといった様子の松里隊員。そんな見事な松里隊員に笑顔で惜しみない拍手を送る井出隊員。一方90点台をゲットした2人に対し、今回またもや一人70点台で大きく差をつけられてしまった西澤隊長。再び落ち込み度MAXに…。 ちなみに勝因についてシェフは、「白をアピールし、味も良かった」。最後はみんなでもう一度松里隊員に大きな拍手を送り、今回のSNOWホワイトな料理対決は無事幕を閉じたのでした。 なお一人70点台を出してしまった西澤隊長にはこの後、素敵なバツゲームが待っていました。まさに今回のテーマにぴったりな“SNOWホワイト”な白銀の野外で一人、ソフトクリームを一気に3個平らげるというそれはそれは楽しいバツゲーム! 寒風吹きすさぶ中、隊長は寒さに震えながらソフトクリームをおいしくいただいておりましたとさ…。 −本サイトに掲載されている写真などの著作物を許可なく複製、転載することを禁じます。− |
[ 310] 今回の対決
[引用サイト]
http://www.kyoritz-p.co.jp/u-cooking/taiketsu/40.html
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いよいよ信州の初夏。野菜のおいしい季節となりました。西城シェフから「食材の相談をしたい」と連絡があり、お馴染みクッKING隊の西澤隊長・井出隊員・中村隊員はレストラン イニツィア・ラ・クチーナに集まりました。 たくさんの食材を仕入れ、3人を待っていたシェフ。一つ一つ吟味していくと、そこに3人にとって見慣れない白っぽい人参のような野菜が。 (隊長)「シェフ、この人参色が無いですよ!返品した方がいいんじゃないですか?」 その隊長の反応にあきれ顔のシェフ。実は隊長が手にしていた野菜は人参は人参でも、『薬用人参』だったのです。 薬用人参は昔から高価な薬として珍重されてきました。それに信州の特産品なんです。 薬用人参を直に見るのは3人とも今回が初めて。そこでシェフは今回のテーマを信州特産『薬用人参』に決めたのでした。 クッKING隊とシェフがやってきたのは東御市。4人は薬用人参の栽培農家を訪ねようとやって来たのでした。 さて、信州の特産品である薬用人参の生産は昔からトップレベル。中でも浅間山を望む東信地方は薬用人参栽培の中心地。寒暖の差が激しく、乾燥した風土が栽培に適しているためです。 今回おじゃまさせて頂いたのは、薬用人参栽培農家・柳沢一さん(PHOTO)(東御市八重原)のお宅。柳沢家は3代続く薬用人参の栽培農家で、栽培はもちろん加工販売も行なっています。 さて、薬用人参を育てるだけでなく「鑑賞する」という趣味をお持ちの柳沢さん。4人に見せて下さったのはそれぞれ、「マラソンランナー」「フリーダンス」「抱擁」「皇帝」という名が付けられた柳沢さんの秘蔵薬用人参コレクションたち。名前はそれぞれの形から名付けられました。例えば「マラソンランナー」は文字通り人が走る姿に似ていたことから、「フリーダンス」はペアでダンスを踊る姿に似ていたことから。そもそも『人参』という名はあまりにも人の姿に似ているために名付けられたんだそうです。 続いて柳沢さんが出して下さったのは、これぞ秘蔵・12年ものの薬用人参酒。とても珍しい1品です。それをゆっくり味わうかのようにチビチビと飲む4人。さすが12年間しっかり溶け込んだであろう薬用人参エキスの味に、思わず一口口をつけた中村隊員も「Oh〜〜〜!!」 また一見すると乾燥ホタテのような『薬用人参菓子』も出して下さいました。これは柳沢さんの奥様が細かく切った薬用人参を3日程度煮て冷まし、作ったとても貴重な1品です。こちらも早速いただいた所、少し固いけれど自然の甘みがほどよく効いた1品でした。 その後柳沢さんの薬用人参畑に案内してもらった4人。日差しを嫌う薬用人参はワラやカヤで作った栽培小屋の中でじっくりと育ちます。 柳沢さんにレクチャーして頂きながら、実際に生えた状態の薬用人参をじっくり観察しました。葉っぱを少し掻き分けると薬用人参の種(PHOTO)が顔を出します。この種は夏の盛り(7月末頃)には赤くなるんだそうです。 さて、4人は柳沢さんにお願いして薬用人参を掘って頂きました。細かい根を4年間土中にしっかりと張り巡らせた薬用人参は、全体を掘り起こすのにちょっと一苦労です。やがて掘り出された薬用人参を見た一同、その茎の長さにビックリ! いったい薬用人参てどんな作物なんでしょうか?訪れたのは県野菜花き試験場 佐久試験場(小諸市)。ここでは全国で唯一薬用人参の栽培研究を専門的に行なっています。薬用人参はデリケートな作物なので、その分栽培には人一倍の手間と技術が必要となるそうです。 ◆野菜人参…セリ科の植物でミツバ・セロリの仲間で2年間育成。原産地は中央アジア(アフガニスタン)。 ◆薬用人参…ウコギ科でウド・タラノメの仲間で5〜6年間育成。原産地が朝鮮半島であることから朝鮮人参・高麗人参とも呼ばれる。 と、両者は植物学的にもまったく違うし、栽培面からもまったく別の作物なのです。また薬用人参は1300年前の天平時代に薬として日本に伝えられ、江戸時代に入ると高価な薬用人参を幕府が財源とするために栽培を奨励し、信州は薬用人参栽培の中心地になったのです。 薬用人参が薬として日本に伝わったということを受け、シェフが『医食同源』という言葉をクッKING隊に紹介しました。その考えから、「食べ物により体を良くする、きれいにする、健康にする」ということに注目しようというのです。それを代表する食材としてもまた、薬用人参が上がってくるのでした。 そこで4人は実際に「薬としての薬用人参」について伺うべく、漢方の老舗・角大薬局(長野市)を訪ねました。4人にレクチャーして下さったのは薬剤師・漢方専門家の太田耕一さん(PHOTO)。漢方の世界でも別格扱いという薬用人参の効能について太田さんは、 (太田さん)「日本で使われる約300の薬草の中でも、薬用人参は優等生と言えます。実際に力強い薬草だと思います。元気がない・食欲がない等弱っているような人に使いたいですね」 滋養効果抜群、さらに美容にもいいと聞いてが然薬用人参を食べたくなった4人。早速薬用人参料理を食すべく、味処「御牧苑」(東御市)にやって来ました。 注文したのは『薬用人参の天ぷら』。薬用人参をまるごと使ったダイナミックで食べ応え抜群な一品。もちろんクッKING隊にとって、見るのも食べるのも初めてです。今回はこの他に、地元特産の大豆で作った「みまき豆腐」も入った名物『みまき定食』もいただきました。 まず薬用人参の天ぷらから口に運んだ4人。「サクっとしてる!」「もっと薬っぽいような味があるかと思ってたけど、臭みがないですね」と4人には大好評。 「お料理で中からきれいになった後は、人参のお風呂で外からきれいに」と、御牧苑さんで珍しい薬用人参風呂を紹介して頂いた4人。早速御牧苑のすぐ側にあるその人参風呂・「信州布引温泉 御牧乃湯」(東御市)にやって来ました。 4人が今回つかったのは薬用人参風呂(薬湯)。薬湯独特の香りが立ち上り、何とも効き目がありそう!(ちなみに薬用人参・ペパーミント・ラベンダーの薬湯です)疲労回復・抗酸化作用・血行促進と、実際にちょっと入っただけで隊長は汗だくに。薬用人参の薬効と天然温泉の効能が心身に溶け込む感じで、4人はゆったりと今日一日の疲れを癒したのでした。 所変わってイニツィア・ラ・クチーナ厨房。薬用人参のおかげですっかり元気回復のクッKING隊、そのパワーを料理対決にぶつけます!今回も隊長・井出隊員・中村隊員3人のガチンコ対決となりました。 今回のテーマはもちろん「薬用人参」。薬用人参で元気の出る料理を作りましょう! さて、中村隊員は今回薬用人参と行者にんにくを使った沖縄風炒め料理の「NIN*NIN者チャンプルー」に挑戦。井出隊員はカブを器にちょっとしゃれたお料理の「薬用人参とこーんな肉づめ」。そして西澤隊長は薬用人参の効いた「皇帝カレー」に挑戦しました。(お料理レシピへ) 相変わらずの慣れた手つきで着々と料理していく井出隊員。また、ここの所負けが続いている西澤隊長は今回こそ!とばかりに、丁寧に確実に作業を進めていきます。そして中村隊員。回を追うごとに着実に料理の腕を上げてきていて、途中味見して出来具合を確かめるなど今回もいい調子で調理を進めていました。 やがてそれぞれ無事盛り付けまで進み、中村隊員は「家庭料理」がコンセプトの沖縄風炒めもの料理、井出隊員は肉の詰まったカブが本当においしそうな完成度の高いお料理、隊長は具の中に強力な滋養強壮・薬用人参がたっぷり入ったカレーをそれぞれ完成させました。 また今回は西城シェフも参考料理として、素材と色の組み合わせが見事なオリジナル薬用人参メニュー(PHOTO)を作って下さいました。素揚げした丸のままの薬用人参がとても印象的な1品です。 西城シェフと山内支配人による試食判定会となりました。今回はシェフ・支配人それぞれ持ち点50点、合計100点満点で料理を採点して頂きます。真剣な面持ちで試食を進める西城シェフと山内支配人。中村隊員の料理に対して、 さあ試食を終えたお2人、フリップに得点を書き込んでいきます。果たして結果は…? 井出隊員の勝利!!そしてまたまた最下位の西澤隊長。結果を受けてWピースの井出隊員と、思わず机に突っ伏す隊長と中村隊員。実に対照的な両者の姿で今回のお料理対決は幕を閉じたのでした。 −本サイトに掲載されている写真などの著作物を許可なく複製、転載することを禁じます。− |
[ 311] OOエンジニアの輪! 〜 第 18 回 佐藤 類 さんの巻 〜
[引用サイト]
http://www.ogis-ri.co.jp/otc/hiroba/others/OORing/interview18.html
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今回のゲストは佐藤 類さんです。佐藤さんは、サイバーステップ株式会社の創業者であり、「ゲットアンプド」や「卓球ピンポン」など<現在は> Java 言語によるゲームの開発をメインに活躍していらっしゃいます。ご存知の方も多いかとは思いますが「ゲットアンプド」は JavaOne2001 JavaNight コンテスト2位入賞、「卓球ピンポン」は JavaOne2002 JavaNight コンテスト Apple 賞受賞作品です。今回は、Java とゲーム、短期間開発の裏側、今後のビジネス展開等について語っていただきました。 サイバーステップは、今現在、自社モノのゲームやソフト、製品を売って食ってます。食ってると言えるほど大きい売り上げじゃないんですが。創業した時は、オンライン・ゲームとかオンライン・アプリケーションとかをもっとつくりやすくするためのミドルウェア、、というよりは仮想プラットフォームみたいなものをつくりたいな、ということで、創業から今でちょうど 2年半ですか。1年目は半分受託やりながら半分自社開発をやって、2年目は完全に受託を止めて自社開発をやって、今年の 4月ごろにそのへんを完了させて、まぁ 3年目になるわけです。 2000年の 4月 1日に創業なんですが、あのころはネットバブルの余韻もあって、いろんな案件があって、そういうのでも稼いでましたね。 -- ゲーム系の会社を創業されている方は、もともとゲーム好きから来た方と、ぜんぜんそうじゃなくて、Java とかそういうのが良くて、その表現のひとつの分野としてゲーム、って来てる方がいらっしゃると思いますが、佐藤さんはどちらになりますか? 僕を含めて開発者はですね、ゲーム会社に居たとかゲームの開発経験があるのというのは、ひとりもいないんですよ。まぁ、どちらかというと SI とか技術からみんな入ってるので。そういう意味ではもともとあんまりゲームに縁があったわけじゃないですね。 ただ、僕らの世代は、みんな小学校ぐらいからファミコンやってて、それでいて、僕がつくりたかったのがオンライン・アプリケーションだったので。まぁ、やっぱ目で見て楽しいし。企業系とかエンタープライズなんて言葉は創業のときはよくわからなかったですね。 ゲームありきではない。会社のコンセプトは、ネットワーク・アプリケーションのインフラになること。ただ、今、目に見えている市場というかやりやすそうなのがゲームだったので。 僕と僕を含めた創業者がみんな高専卒なんですね、東京高専。けっこう前にさかのぼるんですけど、1997年ぐらいに僕を含めて、今会社にいる 3人がプログラミングコンテストに出て、Java で 3D チャットソフトをつくったんですよ。Mosaic が出て、Netscape が出て、JDK1.0.2 とか、っていう時代にネットワークを使ってたんで、縁としては、そこから続いているということになりますね。 -- ある言語が好きでその言語でやってるって方もいらっしゃいますが、Java 言語そのものをやりたいからってことはありませんか? うちらはあまり、それはないですね。もっとも、Java が好きだってのはみんなあるんですけど。創業した時はですね、クライアント側に C++ 使って、サーバ側に Java 使って、サーバサイドが HORB で、プロトコルが CORBA でやったんですよ。そしたら開発者が発狂しまして(笑)。半年くらいはやったんだけど「やってらんねぇ」って。 -- やっぱりいろんな要素技術を使って、結局、やりたいのはネットワーク・アプリケーションというのが根底にあるわけですね。 そうですね。その時、サーバサイドは OS のからみもあって Java で、クライアントサイドはコンシューマなので C か C++ にしようってやったんだけど、そうすると、同じコードでも二つの言語で書かなきゃいけないとか、異なる言語でやろうとすると煩雑になった。それから、CORBA が使いづらい、、まぁ、CORBA 使わなきゃいいんですけど。まぁ、ちょうどその時 HotSpot も出てて、GL4Java とか、OpenGL Java Binding 関係もすっかり出来てたんで、Java でやってみようよって。 デスクトップの Java 自体少ないですよね。僕らが、、「僕が」なのかもしれないですけど、いわゆる Web アプリケーションがあまり好きじゃないんですよ。http 使って、クライアントに下手に JavaScript 使ってですね、RDB 走らせて、なんか暗号化だのなんだの、っていう、そういうアプリケーションが好きじゃないんですね。今はぜんぜんそういう風潮じゃないんですけど。 -- なるほど。ところで、ゲームの開発の中で、オブジェクト指向の必要性とか、オブジェクト指向との相性っていうところについてはいかがですか? 正直、僕はメインのプログラマーって言うほどレベルは高くないんですけど、今までいくつもつくった中で思うのは、やっぱりゲームってのはオブジェクトのかたまりになるんですね。プレイヤーがいてアイテムがあって、アクションがメソッドになって、っていう。オブジェクト指向が極めてにゲームマッチしているっていうのは、間違いないと思う。ですから、そういう意味で、アセンブラでゴリゴリ書くよりは、Java じゃなくてもいいですけど、オブジェクト指向言語で書くっていうのはすごくゲームとマッチしてる。 -- 「卓球ピンポン」って、ファミリーレストランのテーブルに設置されているタッチパネル端末(プラスe*1)用のゲームですよね。私も、子供たちとケンカしながらガシャガシャやって、面白かったです。ただ、逆に料理を待ってる時間の方が楽しいので、子供が、料理が来ても食べ始めなくて(笑) *1ファミリーレストラン「ガスト」を中心に、テーブル等に設置されているタッチパネル端末。ゲームや占い、ニュース等、様々なコンテンツを楽しむことができます。 卓球ピンポンのコンセプトが「誰でも知ってるゲームで、アクション性のある」もの。やっぱ、うちはオンライン・ゲームであれオフライン・ゲームであれ、インタラクティブで、アクション性があってという、そういうのにしたいんですよ。今回は、ちゃんとそういうコンセプトが実現できたんですけど。ただ、やってみたら、やっぱメシが来ちゃうんで。 第二弾はですね、また違うコンセプトで、メシが来ても大丈夫で、それでいて、インタラクティブで、アクション性があるようなものを考えていますけど。けっこう、面白いです。2ヶ月で 1作つくれれば、いろいろやれますよね。 -- プレイに時間がかかるようなゲームだと、店としては、それで回転率を下げる訳にはいかないから、アイデアを出すのは大変そうですよね。 タッチパネルは出来ることが制限されているのとですね、場はファミレスがメインなんで、企画考えるのは結構、大変ですよ。ただ面白けりゃいいとか、面白さ重視じゃなかったり、っていう。 それに、ゲームセンターみたいに画面がプレイヤーの真正面にない*2ですから、横から操作しなくちゃいけない。しかも、二人同時にクリックはできないですから、そういう制限のもとでマッチするゲームを考えるんです。 -- あ、二人対戦の、こっちやってる時はあっちだめ、あっちやってる時はこっちだめってのは、そういうことなんですね。 二人対戦はですね、交互に「DON'T TOUCH」って出るんですけど、自分がこっそり押し続けてると、相手は押せないんです(笑) -- 今、「2ヶ月で 1作」というお話がありましたが、開発期間が、「卓球ピンポン」で 2ヶ月、「ゲットアンプド」で半年と伺ったんですが。 そうですね。卓球ピンポンは、1ヶ月でつくって、課金系とかのデバッグでもう 1ヶ月くらい。ゲットアンプドは、ベータレベルでは、一般に公開するまで半年ぐらいかかりました。 -- その生産性は、われわれの、いわゆるビジネス・アプリケーションの開発と比べると、信じられないですね。 -- それほど短い開発期間でソフトウェアが生産できるというのは、Java によるネットワークやグラフィックス機能等の実装をサポートする、 Keel というプラットフォームがあるっていうことに因る部分も大きいと思うのですが、あれは、会社設立の時から、もともとああいうものをつくろうというのがあったんでしょうか?それとも、やりたいことを実現するためにあれが必要だったのでしょうか? 前者ですね。創業の時からそれだったんですよ。できんの?っていうとこから始まってですね、まず、Java で 3D ができるかと、分散したネットワークでリアルタイムでインタラクティブな、言ってみればスーパーマリオみたいなゲームがオンラインで、インターネットで出来るかとか、わかんないことだらけで。他には、ちゃんとマルチプラットフォームに、ピュアなマルチプラットフォームに出来るかとかですね。ゲットアンプドをつくる時からミドルウェア、、まぁフレームワークは考えていたんですけど、まずゲームが出来上がって、そこから問題点とか必要なものとかを抽出してつくったってことなんで、もともと目標はプラットフォームです。 -- いままで、C++ 等で開発をされていた時代もあったわけですよね。それに比べて生産性っていうのは? うーん。ネットワーク・ゲームっていう観点であればぜんぜん違うと思います。スタンドアロンのゲームだったら、 JSparrow とか、いろいろありますけど、マルチスレッドに対応しないとか、AWT 使ってるから不安定だとか、そういう問題点がいくつかあるんですよ。初めは GL4Java を使ってもいいと思ったんですけど、結局、やっぱり安定したものを自社でつくって、っていうのがあったんで。 基本のインタフェースは OpenGL なんですけど、その上にやっぱ AWT みたいなですね、Window Toolkit をつくってるんですよ、Java で。 描画のバックエンドが OpenGL であって、ゲーム的な Window Toolkit。それで完結しますね。 そうですね。例えば、テキストフィールドとかチェックボックスとかですね、あとパネルとか、全部あるんですよ。ただ、業務アプリじゃないんで、Window Toolkit にフレームとかが、ひとつの OpenGL のスクリーン・キャンバスの中にゲームとして出来ている。 Java3D は、 VRML みたいに、どちらかというと、まずデータありきでそれを表現する。ゲームの場合は、当たり判定とか、高速描画とか、効率の良い方法をもとに書き方を選ぶ、みたいな感じです。まぁ、Sun は Java3D を使わないのかと聞いてくるんですけど、「あまりむいてないんです」という状態ですね。 例えば、遠隔のロボット操作。あんまり遠隔医療とかやると危険だから止めとけとか言われますが。ロンドンの買い物通りにあるロボットを動かして買い物をする、そういうのが出来たら楽しいですし。なんか、もっと日常的な、例えば、最近よく出てるハードディスク・レコーダー。ソニーの CoCoon は、OS が Linux じゃないですか。CPU が MIPS 350MHz とかなんですけど。じゃぁ、それに Java載せて、それのネットワーク・アプリケーションとしてのソフトを -- 佐藤さんには、経営者としての顔と、エンジニアの顔という二つの側面があると思うんですけど、ご自分では、どっちがお好きなんでしょうか? モノは、良けりゃ売れるんですよ。モノが良ければみんな興味を持つわけですよ。だから、経営と営業と開発というふうに区別すると、あまり僕は営業的なものはやっていない。むしろ、営業は実際は外に出てない開発者がやるんです。で、じゃぁ開発は?って言うとですね、うちは野放しですね。ある時こう「こんなのやりたいよ」となるんです。 ゲットアンプドをつくる時は「オンラインで、リアルタイムで、3D の中を自由に動けるアクションゲームがつくりたい」っていうすごく抽象的なことを伝えたらですね、半年ぐらいしたら出来上がったわけなんですね。別に僕の発言が全てじゃないですが、卓球ピンポンも「タッチパネルで卓球をやりたいんだ。当然フル まぁ、知り合いですね。全くまっさらな外部から雇った人もいましたけど、1年くらい勤めて、みんな辞めてますね。今残ってるのは、みんな高専の時の知り合い、かな。 -- やっぱり、そういうところでコミュニケーション・ギャップのなさ、っていうのがあるのかもしれないですね。なんかこう、開発のための方法論とか手順とかっていうのは何かあるんですか? まぁ、結果としてそうなっているんですけど、ポリシーとしては、関係の数を少なくすればするほどシンプルになる。早い話がひとりひとりに任せちゃう。あまり、チームを組まない。 -- でも、ひとりひとり個々にやるということは、それ全体を統率するっていう必要がありますよね、それはある種、佐藤さんの役割なんですか? 完全にうちはオブジェクト指向的で、「これやって」ってメッセージを投げたら、勝手にやられちゃいますから(笑) --(笑)-- ゲームっていうのは、ソフトウェア的なエンジニアリングだけじゃなくて、ゲームのコンセプトづくりとかアイデアづくりとかっていうところが、ずいぶん大きいわけですよね。そういう意味での役割分担はどうでしょう? まぁ、コンセプトに関しては、考えられる者が一応、基本的にイニシアチブを取るような形ですね。卓球ピンポンは僕がつくりたいって言ったんで、プログラマーとかデザイナーに僕の好みを伝えて出来上がりましたし、ゲットアンプドはまた違うのが主導でやってますし。ただ、機能を実装する場合はサーバであれクライアントであれ、ネットワークや DB でもつくり手が主導になります。 まぁ「後は任せた」みたいな感じですね。ゲームのクオリティも、あんまりみんながぎゃあぎゃあ言って、誰が決定権を持つかをわかんないと話になんないですから。 -- 今後、こういうところを狙っていきたい、とかですね、それは経営者としての立場もエンジニアとしての立場も両方あると思うんですけど、そういったところをお聞かせ下さい。 今考えているのは、二つステップがありまして、ひとつが既存のハードウェアやプラットフォームを使って、そういうインフラを広げていく。例えば、今、開発キットとしてライセンスしてる Keel の対応 OS は Windows と Mac OS X しかないですけど、社内では Linux で動いてたりするんですね。で、ファミレス端末のプラスe っていうのは、OS は一般のやつかもしれないですけど、その環境がまた違って、操作方法も違って、ユーザ層が違う、っていう意味では新しいプラットフォーム。そういう意味ではやっとひとつ増やせたなと思っています。 その他でいくと、最近、PDA が結構いいスペックになってきてますから、今からうちの方で、Zaurus の Linux OS バージョンでちょっとやりたいな、、個人的にシャープが好きだってのもあるんですけど。PocketPC 版の Keel つくってもマイクロソフトは喜んでくれないでしょうけど。シャープだったら、売り込みに行けば、喜んでくれそうだなって感じもあるんで。ああいう、液晶関係の機器は興味あります、モバイル関係は、やりやすい情報も公開されましたし。 まぁ、方針としては、あんまりうち程度の規模でやるべきじゃないんですけど。プラットフォームを広げるってのは、横幅を広げながら、しかも機能を重ねていく。その両方ともやるんですね。ですから、家庭用ゲーム機だって面白いですね。Xbox は PC アーキテクチャに近いですから、それで動けばそれはそれで楽しいですし。 例えば PC の基盤に Keel 載せて。OS なんて別に Windows でも Linux でも何でもいいですから、、iTRON でも何でもいいです。そういう基盤もありますし、もっとゲームボーイアドバンスみたいな大きさでそれが動いて、コンテンツをダウンロード出来るような端末も。だから、うちは、、2年後ぐらいにはハードメーカー屋さんになりたいんですよ。 今、なんかハードメーカー屋さんはソフトウェアとかサービス業になりたいっていうんですけど、うちは逆でですね、メーカーになりたいんです。 -- というと、ソフトウェアを提供する、ゲームを提供する、フレームワークをそれぞれ個別に提供するっていうんじゃなくって、全体のプラットフォームをハードも含めて提供するわけですよね。 いきなり任天堂みたいなお金があるわけじゃないんで、全ての消費者の手元にマシンを一個ずつ供給できるってわけじゃないですけど、そのハードウェアの設計図と企画つくって、売り込むのは可能じゃないですか。そういう意味で、今、うちがオンラインゲームつくって、そのゲームソフトを韓国とか中国とかの大手に売り込めるわけなんで、ハードを売り込むのも不可能ではないと思うんですよ。 -- いいなぁ。そういう夢のある話があって。なんか今日はちょっと、オブジェクトの話から外れていっちゃいましたね。 -- ところで、経営者の佐藤さんに、お聞きしたいのですが、会社を大きくするっていうのは経営者として魅力的なことなのでしょうか? 会社を大きくするっていうところなんですけど、単位があると思うんですよ。例えば自社ビルの大きさとか、従業員の多さとか、売上高とかですね。僕の場合は、お金が払われるだけ価値があるって意味で売り上げは重要なんですけど、それよりもユーザの数を多くしたい。そういう意味では、マイクロソフトはすごくユーザ抱えてたりするじゃないですか。世界的に使われてるし。ユーザが多ければ多いほど偉いと思うんで。 思うのは、一回は転職した方がいいな、って。なんかこう、技術的なところが本質じゃないんですけど。転職経験があるかないかで、会社に対して強く見られるかどうかってのはあるんです。逆に、転職したことのない人って、弱くてかわいそうなところもあると思うんです。 エンジニアってすごい恵まれた位置にいると思うんですよ。別に辞めても転職出来ますし、給料は辞めて上がる可能性の方が高いわけですよね。他で、こんな業種はコンサルタントを除けばないんじゃないかなって思うような、、それでいて、別に弁護士みたいに免許は必要ない業界ですね。高専卒業すればエンジニアになれるわけですから。 あと、僕の話になるんですけど、学校を卒業して無職になった後、独りで 1ヶ月間マレーシアとタイに行ったんですよ。そしたら、いろんな人とコミュニケーションがとれる。女の子は女の子でかわいいものが好きですし、男は男で飲んだり食ったりして、、っていうのは、タイ人でもマレー人でもインド人でも中国人でも、まぁ、途中で出会ったイギリス人でもドイツ人でも、誰でも同じなんですね。一回、転職を機に、海外に独りで行く。日本人は裕福だから、そういうことの出来る立場にいるんで。だから、僕は人に会う度に「一回無職になれ」って。 -- 最近は、会社に対する帰属意識が、また強くなってる気もしますね。景気が悪くなってから、若手がだんだん礼儀正しくなってきてるっていうか。 自分の価格がわからないんですよね。一人月 100万円、200万円で扱われてるのに、20万円、30万円で働いてたり。会社を経営すれば一番よくわかるんですけど、辞めてもまぁ、わかるんですよね。そうすれば、転職の面接でも「今までの給料がいくらでしたか?」って聞かれたら、ハッタリで「700万円です」って言えば、そこから交渉できるわけですから。10社くらい行けば、1社くらい出してくれる外資系とかはあると思いますよ。 辞めて転職するのと、海外に独りで行くのは、やったほうがいいんじゃないかなぁ、、。偉そうなんですけど。 |
[ 312] ITmedia +D Games:アドベンチャー+RPG≒ゲームブック「クレオパトラの魔宝」 (1/2)
[引用サイト]
http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0606/13/news048.html
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「クレオパトラの魔宝」は、アドベンチャーゲームの画面でプレイするRPGです。このタイプのゲームは少なく、家庭用ゲーム機ではほかに、ゲームボーイの「セレクション」、「ネコジャラ物語」(ケムコ)くらいだったでしょうか。 今回取り上げるゲームは、1987年にスクウェア(DOG)から発売された、ファミコンディスクシステム用ソフト「クレオパトラの魔宝」だ。 RPGとアドベンチャーを合わせたようなシステムを持つ。普通のRPGと同じように、モンスターを倒して経験値を稼いでレベルアップするのだが、画面構成はアドベンチャーゲームそのものだ。 つまり、RPGの持つ“成長の楽しさ”と、アドベンチャーゲームの“大きなグラフィック”を両方楽しめる。 この写真の場面は、「クレオパトラの魔宝」きっての美しい風景といえるが、これに似た風景を、どこかで見たことがあるなあと思った。 横長の箱型で、真ん中に入口がある外観。水辺に建つという立地場所が、「クレオパトラの魔宝」に出てくる湖の聖堂によく似ている。 ただし惜しいことに、ここは湖畔ではなく海岸。また、湖の聖堂が古代の建物であるのに対し、クリスタルビューは1995年の建物で、見るからに新しい。 そもそも、「クレオパトラの魔宝」の舞台はエジプトである。梅雨入りした葛西では、しとしとと雨が降っていて、エジプトっぽさはあまり感じられなかった。 主人公・草野大介は、遺跡発掘中に悪霊に取りつかれてしまった父親を救うため、“イシスの涙”なるものを探して旅に出る。 ゲームのスタート地点となる街は、ゲーム内でも「そんなに広くないみたい」と形容されるとおり、店が4軒あるほかは、特になんにもない街だ。 悪徳商人が襲ってきた! 肩に乗っけた猿を使って攻撃する。大介は武器を買うまで、敵への攻撃が一切できない 戦闘は、きわめて単純。使えるコマンドが「戦う」「持ち物使う」「逃げる」の3種類しかない。「持ち物使う」のコマンドを使う場面は限られているので、実質的には「戦う」か「逃げる」かしかないと言っていい。 要するに単なる殴り合いなのだが、それでも意外におもしろかった。レベルが上がって、それまで逃げるしかなかった相手に、勝てるようになるのが楽しい。 もっとも、レベルが上がっても、ヒットポイント(HP)が増えるだけで、新しい武器を手に入れるまで、戦闘はそれほど楽にならないのだが。 「クレオパトラの魔宝」の独特な点は、何かコマンドを入力するたびに、敵が出現する可能性があることだ。画面内の何かを調べようとしたときや、持ち物を確認しようとしたときにも、戦闘になることがあるのだ。 セーブしようとするときにも敵が出るかもしれない。HPに余裕のあるうちに、セーブしておくのが賢明といえる。 移動時ももちろん同様だが、敵が出るのは移動後ではなく移動前。敵が立て続けに出現して、なかなか移動できないこともある。 聖堂のセベク神像の目に、女神の神殿で手に入れたメノウの玉をはめこむと、地響きと砂煙を上げて、対岸に砂の塔が現れる。 女神たちは、いかにも怪しそうな物を持っている。もちろんアイテムとして使うのだが、後で女神の手には別のアイテムを載せることになる 砂の塔内部にはモンスターがうろついている。かなり強いので、事前に街で十分に、レベルを上げておく必要がある 砂の塔にも多くのアイテムがあるが、ナーガという敵がまもっているので、塔内でも経験値を稼がなくてはならない。ザコ敵にもトトやアヌビスという強敵がいて、最初は逃げるしかないのだが、レベルを上げて、新しい武器を手に入れれば、かなりまともに戦えるようになる。 これは当時としても、短いゲームだったと思う。ディスクシステムの売りのひとつが、それまでのROMカートリッジの、3倍のデータ容量があるということだった。 その容量をグラフィックや、敵キャラのアニメーション(すべての敵キャラが動く)に注ぎ込んだところが、「ウィル」の頃からキャラクターの動きにこだわってきたスクウェアらしいといえる。 「クレオパトラの魔宝」の価格は、3300円。これでもカートリッジのソフトよりは安いが、ほかのゲームのディスクを、店頭のディスクライターで書き換えた場合、わずか500円で「クレオパトラの魔宝」がプレイできるのだ。 500円といえば、当時のゲームブックくらいの値段だ。ディスクの書き換えというシステムにより、ゲームブック並みに短いゲームを、安い値段で配信することが可能だった。 7月1日より公開される映画「カーズ」のプロモーションのため、ジョン・ラセター監督とプロデューサーのダーラ・K・アンダーソンさんが来日。6月14日、都内で記者会見が行われ、多くの報道陣が駆けつけた。今回特別に同作品のゲーム化について、直接アンダーソンさんにインタビューすることができたのでお伝えしよう。 「リッジ」シリーズの醍醐味を集めた“真の全部入り”となるPSP用「リッジレーサーズ2」は、なにゆえに全部入りとなったのかを開発者の2人に聞いてみた。 現在、米国・ロサンゼルスにて開催中のE3 2006において、Xbox 360のファーストパーティであるMicrosoft Game Studios、そのジェネラルマネージャーを務めるシェーン・キム氏に話を伺う機会を得た。 「コンタクト」レビュー:ワクワクして電源を切るのがつらい。古き良き感覚を呼び覚ます新感覚RPGにコンタクトせよ ニンテンドーDSでは珍しい、オリジナルの新作RPG「コンタクト」は、オンラインRPG風の手軽なオート戦闘と、寄り道してこそ楽しい隠しイベントの数々があるなど熱中度が高く、ゲームをプレイしているという強い手応えを感じられる作品だ。 今回は「アウトラン」(セガ)を取り上げてみました。1986年のゲームですが、ゲームセンターでかなり長期間稼動していたこともあって、それほど古い作品には思えません。「アウトラン」っぽい風景を、伊豆で探してみました。 「天下人」レビュー:さまざまなジャンルをいいとこ取り。セガの戦国時代シミュレーション、その完成度とは? あのセガが歴史モノシミュレーションを発売、ということで話題となった「天下人」。ある意味セガらしからぬ1本と言える本作だが、そこはゲーム作りに熟知している同社。このジャンル初とは思えないほどゲーム性は良好に仕上がっている。ここではそのシステムを中心に、本作の見どころを検証していこう。 「リサと一緒に大陸横断 〜A列車で行こう〜」レビュー:かわいい秘書に助けられ、目指せビッグな鉄道王! 「A列車で行こう」シリーズの特別編にあたる「リサと一緒に大陸横断 〜A列車で行こう〜」がPSPで発売された。20年の歴史を持つ鉄道経営シミュレーションを、手軽にどこでも遊べるタイトルだ。メガネっコな秘書リサといっしょに大陸横断鉄道をつくろう。 「ドラゴンクエスト 少年ヤンガスと不思議のダンジョン」レビュー:このダンジョンに迷い込んだアナタは、きっと時間を忘れる 「ドラゴンクエスト」と「不思議のダンジョン」という、2つの人気シリーズが出会い、ゲームの魅力を改めて教えてくれる良作が誕生した。大人から子供まで、男性も女性も問わず、あらゆる人が楽しめること間違いなし。 初期のプレイステーションには、次世代ゲーム機競争を勝ち抜いたあととは違った、独特の雰囲気が漂っていたように思います。今回はそんな時代のヒット作「ジャンピングフラッシュ!」を取り上げてみました。 「大神」発売記念インタビュー:「大神」はアートじゃない。すごく間口の広い、質の高いアクションアドベンチャーなんです 世界に命と緑を取り戻すために冒険を繰り広げるネイチャーアドベンチャー「大神」。その独特なグラフィックや、どこかで見たことのある登場キャラクターなど、見どころの多い本作について、クローバースタジオのキーマン2人に話を聞くことができた。 記念すべき第20回の「レトロゲームが大好きだ」ですが、取り上げるゲームはダジャレで決めました。とはいえ、この魔界塔士Sa・Ga(1989年・スクウェア)は、単に“ゲームボーイ初のRPG”というだけにとどまらない、個性的なゲームでした。 戦国時代が舞台のピンボールとは、また奇矯な……。でも、大玉がただ奇をてらっただけのゲームでないことは、プレイするうちに少しずつ分かる。玉を自在に操るテクニックや、兵を優位に進軍させる戦術も必要だが、最後の最後は“声”が勝敗を分けるところが斬新に思える。 「DEAD OR ALIVE」に登場する女性キャラクターたちが、「ビーチバレー」や「水上綱引き」などを楽しむ南国ゲーム「DEAD OR ALIVE:Xtreme 2」のスクリーンショット15点を公開する。 戦国時代を舞台に、天下無双の豪傑たちが一騎当千の戦いを繰り広げていく「戦国無双」シリーズ。その待望の最新作がついに発売された。10名もの新規武将のほか、システムも大幅に刷新された本作は、まさに“正統進化形”と言える作品に仕上がっている。 「bit Generations series2 」レビュー:リリーさんも言ってることですし、第2弾もフランクにやってみることにします 7月13日に発売された第1弾に続く、「ゲームの原点」を見つめ直すことをコンセプトにしたseries2の4本。お手頃感はそのままにシンプルだからこそ分かる真理がそこにはあった。 |