| このページは 04月のキャッシュ情報です。 |
にあたるとは?
[ 114] 犬もあるけば渋谷にあたる。
[引用サイト]
http://blog.sakanoue.com/
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実は一度だけ私がNYにから帰国した時に、私のエッセイのファンの人達との、オフ会を開いたことがあったの。 実は時同じくして、私は米国のハイエンドのホテル『W』のハワイプロジェクトのコンセプトの仕事を頼まれていました。本当のことを言うと、90%断るつもりだったのです。 私日本に帰ったばかりだし、米国のホテルのレストランのブランディングなんて仕事は、もう沢山やったので別に今更やる必要もないよなぁ、って思ってた。 昨夜土屋さんとお話をしながら、もしもこあきちゃんが半年前でも半年後に紹介してくれても、きっとこういう話にならなかったよね。って。 Wホテルのレストラン側は喜ぶの目に見える。そんな素敵なアートが融合されたレストランなんてハワイには少ないだろうから、地元のヒップな人達の間で流行るだろうし。 土屋さんの作品だって、米国やヨーロッパで注目されるきっかけにもなる可能性も高い。だって、Wの顧客は著名人が多いもの。 さて、その後、俳優で映画監督の池内博之さんと二人でお茶。なんだか盛り上がって5時までいろいろとお話しました。 私があなたの事、ぜんぜんー知りませんでした。(←本人に言うか?)と言っても、一つもあせりもせず、じゃDVDお送りしますよ、さわやかに言うようなタイプの人。 まだ何も見てなので俳優さんとしては、まだ俳優としてファンにはなれませんが池内君、人間的にファンになりました。 もちろんカッコいいのですが、彼の素敵なところは、それだけでなく内容があります。特に人に対しても話し方に気配りが行き届いていて、とても感じがいいの。 だれも、恋人発覚とスクープにしてくれそうにないので、自分でホテルの人に撮ってもらいました。あはは。↓写真とって皆に自慢していい?と聞いたら、笑っていたので出しちゃいます。 それから夕食。今度は西麻布で、Oggiの表紙モデルの小泉里子さんと会う機会が.....。彼女は日本経済新聞のモデルさんでしたよねー。知的ですよねぇ。 というか、揚げ物食べてるしー。揚げごぼうに、から揚げチキンとか、彼女注文してるしー。デザートも食べてる。なんなん、それ。ずるい。ずるーーーーい。なんでそんな細くて綺麗なんだーー? 今日は二人綺麗な人に会えた、という貴重な日。でも二人ともあれだけの外見で、その上、性格もいいというのはどーゆーことだ? 私がどうやってブランド構築のプロになったか、デザイナーとして米国でトップになれたか、って聞かれたら、本から独学した、って答えてます。 だから、どんな有名な人でも一生懸命その人の全力しのいで、作っているじゃないですか。だから1冊の本に大学の講義の1時間分は充分つまっていると思うんです。 例えば、ウェブ口コミ戦略を勉強したいと思えばそれに関する本30冊。レストランマーケティング理論を勉強したければ、それに関する本を30冊。 そのうちにこの本って駄目だな、とか本の批判までできるようにさえなる。それで100冊読めば、だいたいその分野の今の流れが体系的に把握できてる。 ある日、突然、ユニバーサル スタジオのモータウンカフェというレストランのコンセプトを考える責任者になったことがあったの。 モータウンは、アメリカのデトロイト市に設立されたソウル音楽やブラックミュージックを中心としたレコードレーベルなんである。 そのレコードレーベルの中で、私が知ってたのは、マイケルジャクソンとかダイアナロスくらいだし。(苦笑) でも他のアメリカ人のアシスタントデザイナーとか建築家は全然モータウンの歴史とか読んでない。歌を聴いたことがあるだけ。 いつのまにか事務所のアメリカ人よりも私の方がモータウンに関して詳しくなってるわけ。すると自然に顧客の私への信頼感も上がった。 自分が嫉妬深くで困る、と悩んでいる人には、嫉妬がなぜおきちゃうかの本を30冊読んだらいいと思うし、自分が気が弱い、という人には、その手の本を30冊読んだらと薦める。 美しい文に沢山触れると顔にビタミン一杯のクリーム塗るよりも、美しくなれる気がするんだ。それは違うか。あはは。(´・∀・`) みーんなオシャレだと思って履いている。パンプスを履くとまわりにレースなんかが少し見えて、それは、それで靴を履くとなんだか、かわいい。 私は一時期、インテリアデザイナーとして、シカゴとかNYで活躍していた時期があった。その頃、賞も沢山とったので、アメリカ人の建築家だとか友人皆が私の家を見にきたがった。 高級レストランやオフィスでは緊張感って必要。でも家ってリラックスするところだもん。家が雑誌から抜け出たような、ピカピカだと、うーん。私は駄目。(笑) 初めて来た人でも、何時間でもごろごろしていたい気分になるような、そんな室内装飾が『自分の家』の理想形なのです。 この子、ティーンエージャーになったら父親を騙してデートに行くなんてこと、簡単にするようになるんだろう。(笑) 参加者は、やっぱり会社経営している社長業の人が一番多かったですが、大手企業で中心的に活躍されている人やアーティスト。俳優さん。音楽関係者。モデルさん。ベンチャーキャピタリスト。イメージコンサルタント。デザイナー。と書ききれないくらい異業種の人が多く。 実は1週間くらい前、こんなにスゴイメンバーが集まってくれることが判明した時、何だかだんだん申し訳なくなってきたのです。 楽しんでもらえなかったら、どーしよう、とか。私こんなパーティしてもらう価値ないしー、とか。いろいろ考えていると自然に凹んでしまってました。 でもおかげで、昨日は久しぶりに沢山の友人、そして友人の友人に会う機会になり、とても素敵なパーティになりました。どうしよう、とか落ち込んでいる暇なかったです。 建築デザイナーとして米国でASIDエクセレント優秀賞など数々の賞を取得後、突然IT業界へ。米国企業で副社長をへて起業。3年後同社を売却。 日本へおかえりなさいパーティをしてもらって。お刺身の起源とおしょうゆの起源 ([Today's DOOR]) 醤油が出来る前に刺身に何をつけていたか?ケネディ家が来賓にもてなしたクッキー (港区ではたらく女社長のblog) 大人気!!出会うことでご縁が広がる。世界を闊歩する「世界のよーこさん」、そして東京非凡会 ([Today's DOOR]) どんなに多忙でも、わざと違う世界に行くよーこさんの歓送パーティー (北京メディアウオッチ) 送別会をしてもらってよーこさんの送別会をする (北京五彩繽紛〜ColorsofBeijing) この人に会いたい!北京の51人に登場SUPERCITY12月号特集に掲載! (本日の北京??インターネットテレビ特派員の中国生活!) |
[ 115] 電子ネットワークの知的所有権法 FAQ
[引用サイト]
http://law.co.jp/okamura/faq/cybfaq02.htm
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法律問題は、微妙な事実関係の相違により、全く結論が異なることになる場合が多いというのが実状です。したがって、本ページは特定の具体的問題に対し責任ある回答を提示するという性質のものでないことを予め御了承下さい。実際に紛争になっていたり、もしくはそうなる可能性が少しでもある事案や、契約書の作成等についての具体的問題は、必ず現実空間において専門家に相談を受けていただくことをお勧めします。 デジタル著作物が、電子ネットワークで流通する際の、アナログ著作物と比較した特徴につき教えて下さい。 名画を模写する人にも、それなりの能力が必要であり、単なる素人が模写しようとしても、似ても似つかない絵しか、でき上がらないことは明らかです。 これに対し、このページを見ている人であれば、如何にデジタルであるファイルをコピーすることが容易であるのか、手間や費用ががかからないことなのかについては、わざわざ筆者が説明をするまでもなく良くお分かりのことと思います。 デジタル著作物の場合、コピー元のファイルとコピー先のファイルとは同一です。例えばプログラムの場合、全く同一の働きをします。したがって、どれがオリジナルなのかを確定することすら、物理的には無意味となります。この意味で、比喩的に言えば、デジタル著作物では、オリジナルという概念が崩壊することになります。 以上の点を、別の角度から見れば、デジタル著作物は、電子ネットワークを使用して送信することができることになります。 特に、オープンかつグローバルな電子ネットワークであるインターネットであれば、地球の裏側である米国のサイトにアップロードされているデジタル著作物であっても、距離という壁を超えて、オリジナルと同一のファイルを直ちに自分の会社や家庭のパソコンを使って、簡単にセーブすることができるのです。 つまり、複製などの容易性というデジタル著作物の特徴が、電子ネットワークの存在により、飛躍的に加速されるのです。 昔、親鸞や最澄が、写経をするために長い年月を掛けて危険を冒して中国まで海を渡らなければならなかったことと比較すれば、その意味の重要性が極めて大きいことを理解してもらうことができるでしょう。 書籍を例として掲げると分かりやすいと思いますが、アナログ著作物の場合には、著作物が物理的な媒体に結合していることが通常でした。 例えばインターネットで書籍やCDの通信販売を行った場合、受発注はネット上で実行することができます。また、SETをはじめとするセキュリティが保たれたクレジット決済方法や電子マネーなど、ネット上の決済についても有用な方法が実現しつつあります。 ところが、書籍やCDの場合、最低限、商品の配送だけは、宅配業者を介するなど、現実空間に頼らざるを得ないことになります。 これに対し、デジタル著作物では、上記のとおり、物理的な媒体を介在させることなく流通させることができます。 その結果、アナログ著作物と異なり、ネットワークを使えばデジタル著作物という「商品」をネット上で配送することができます。 別の角度から見れば、アナログ著作物ではパッケージ化に費用を要し、下手をすれば流通在庫が発生するというリスクが存在します。 これに対し、デジタル著作物の場合には、ノンパッケージ型の流通が可能になりますので、パッケージ費用が不要になり、流通在庫によるコスト負担を心配する必要もなくなります。また、宅配の場合と比べて、インターネットで配送すれば、流通量が100倍に増加しても、配送コストは100倍にはならず、余り増加しないのです。電子メールを1通送るのと100通送るのとで、どれだけコストが変わるのかを考えてみれば、理解は容易だと思われます。 次に、アナログ著作物ではパッケージ化に費用を要し、配送コストもかかりますので、少額商品の販売には困難がつきまといます。これに対し、デジタル著作物では、このような難点はありませんので、例えばCDの代わりに1曲だけの音楽データを販売したり、本当に簡単なユーティリティ・プログラムを安価で販売することが可能になります。この点は、パソコン通信からシェアウエアを落とす場合を思い出してみて下さい。 もう少し大きな視点から見ますと、電子ネットワークは、デジタル著作物について、生産者である著作者と、消費者であるエンドユーザーとを、直接結びつけるという働きすら可能にしているのです。従来、アナログ著作物として流通していた小説などの文芸作品も、デジタル化すれば、同様の流通が可能になるのです。 しかしながら、このようにデジタル著作物のノンパッケージ流通を歓迎する声ばかりが存在するわけではありません。 というのは、アナログ著作物の場合には無かった問題として、ネットワークを使用した不正コピーの大量配布の危険性という点も指摘されているからです。 前記2の「オリジナル概念の崩壊」という言葉は、コピーや改変をしても品質が劣化しないという言葉で言い換えることができます。 しかし、この意見は、第1に、いくらデジタルであっても、それが収録された物理的媒体(例えばCD)は劣化するものであり、劣化した物理的媒体を新品同様として売却することはできないという当たり前の事実を看過しています。 第2に、ゲームソフトには流行があり、販売が開始されたばかりのものと比べて、例えば新発売から1年が経過することによって、その価値が古くなるというのは当然です。つまり、ゲームソフトは少なくとも経済的に劣化するのです。また、数年が経過すればゲーム機も世代交代してしまうという事実も看過することができません。 第3に、現在のゲームソフトには、そもそもコピーや改変をすることを事実上不可能としたり、もしくは著しく困難とするような技術的手段(コピープロテクトなど)が加えられていることを忘れるべきではありません。コピーや改変をしても品質が劣化しないという言葉は、コピーや改変ができることを前提としています。ゲームソフトについてコピーや改変ができない以上、「品質が劣化しない」という言葉だけを抜き出して使用するのは、合理的ではないものと思われます。 (1) 物理的媒体から自由になったはずのデジタルデータが、コピープロテクトのために物理的媒体との再結合を余儀なくされている(たとえばゲーム用のCDロム)。 (2) その結果、物理的媒体の劣化(たとえばロムの傷)と、運命をともにしてしまう(CDロム上のプログラムだけを切り離して救済できない)。つまり伝統的な絵画などと変わらない。 (3) PCやゲーム機器のようなハードの劣化は、デジタルデータの劣化の有無とは無関係に、デジタルデータの運命を事実上尽きさせてしまう(今時ファミコンのソフトを持っていても無意味に近い)。もっとも、これはベータマックスに見られるように、デジタルに限らない現象であることに注意。 (4) 物理的媒体から切り離されてネット送信できるようなものでも、コピープロテクトand/or課金のために専用ソフトand/or当該ソフト用フォーマットと結合されていることが多い(たとえば超流通やリキッドオーディオ)。その結果、特定のソフトと命運をともにする(ワープロソフト「松」のケースもこれに含まれる)。 (5) 流行遅れのゲームソフトは市場価値がなくなってしまうという「道徳的摩耗」も存在している。また、MS-WINDOWSにみられるように、バージョンアップにより、以前のDLLのほとんどが、全く新規のものに置き換わっているという現象も存在している。伝統的な絵画の著作物に見られるのと異なり、そこでは生鮮食料品に近い寿命でしかない。 (7) 他方では、技術の進歩に「対応」するために、著作権法には「新たな支分権」が付け加えられ続けて行き、授業で一覧表を学生に見せると、その複雑性に対し深い溜め息が聞こえてくる。 要するに、極論すれば、技術の進歩を著作権がどこまで妨げていいのかという問題であったり、「複製技術」対「著作権保護技術」であったりするのかもしれません。 現行著作権法では、以下に述べるとおり、電子データベースは、一定の要件を満たす場合以外には保護されていません。 もちろん、電子データベースを構成する個々のデータに創作性がある場合は、個々のデータ自体が著作物として保護されます。 しかし、電子データベースを構成する個々のデータは、むしろ例えば住所や氏名のような単なる事実の羅列であることが多いというのも事実です。 このような場合には、個々のデータ自体の著作物性を理由として、その保護を求めることはできません。単なる事実に関するデータは、創作性の要件を欠くので著作物に該当せず、著作権法では保護されないからです。 このような、単なる事実に関するデータを素材として構成されたデータベースのことを、「ファクトデータベース」という言葉で呼んでいます。 で、「データベース」を「論文、数値、図形その他の情報の集合物であって、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう」と定義したうえ、12 で、「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものは、著作物として保護する」と規定しています。このように、著作権法上の「データベース」に該当すれば、12 要するに、電子的なデータベースに関しては、当該データベースにつき、素材となるデータの選択や配列に創作性が認められる場合にのみ、そこに入っている個々のデータに著作物性が認められるかどうかを問わず、著作権法 では、著作権法にいう要件をみたした「データベース」に該当する場合、どのようなケースが「データベース」の著作権を侵害する行為にあたるのでしょうか。 この場合、繰り返しになって恐縮ですが、著作権法上の「データベース」の保護は、個々のデータ自体を保護しているわけではありませんので、素材となる個々のデータを単にコピーしただけでは「データベース」の著作権侵害とは言えず、当該「データベース」が有している選択や配列の創作性を真似たということができなければ保護することができないのです。 したがって、現行著作権法上で「データベース」として一定の場合には保護されると言っても、後述のように、現実には極めて狭い領域しか、その侵害行為に該当しないことになります。 ところで、以上のような「データベース」保護の考え方の背景には、伝統的な編集著作物の保護範囲に関する考え方との共通点があります。 すなわち、その背景には、伝統的な編集著作物を含めて、もし安易に「ファクトデータベース」の保護を認めてしまえば、結果として、個々の事実に関する記述に著作権的保護による独占を認めることになりかねないという疑念が、これを保護すべきではないという考え方の根拠となっています。 しかし、現在、電子データベースの利用は増加の一途をたどっており、それを作成するための投資も巨大化しています。他方、アナログであればともかく、デジタルの場合にはコピーと改変による再利用が極めて容易であり、さらに電子ネットワークを使えばコピーの容易性は飛躍的に増大することになります。 ところが、前記の伝統的な著作権理論のように、選択や配列の創作性を真似るのでなければデータベースの著作権侵害が成立しないとすると、元のデータベースの著作権は、配列を変更して再編集したデータベースには及ばないことになってしまいます。 そこで、「データベースの利用行為に対する規整権限を導入することによって、データベースの作成、提供に要する投資を保護する」ことと、「データベース市場における公正な競争やデータベースに含まれる情報の円滑な利用を促進すると共に、公共性の高いデータに対する『知る権利』を確保する」(通産省産業政策局「データベースの法的保護の在り方について(中間論点整理(案))」)こととの調和を図りつつ、どのように立法的保護を与えるかという点が、議論すべき課題となりました。 この点、わが国では、1998年3月に公表された前記中間論点整理(案)が出されていますが、諸外国の状況については、次項で説明します。 諸外国を含め、電子データベースの保護に関して、現在どのような議論がなされているのかについて、説明をして下さい。 前問の解説で説明をした我が国の現行著作権法の立場は、単に我が国独自の法制ではなく、その元になっているベルヌ条約が採用している立場です。 また、米国で1991年に出されたファイスト判決も、電話帳データの無断抽出という事案で、やはり著作物として保護されるためには選択や配列に創作性がなければならないとして、いわゆる「汗の理論」を否定しています。 ところが、現代においては電子的なデータベースの構築に要する費用が飛躍的に上昇し続けているというのが実状です。 以上のような状況の中で、商用データベースは、データの流用防止を契約条項に盛り込むことにより対処を試みてきました。しかし、契約で拘束できるのは契約当事者だけであり、第三者に対しては無力であることも事実です。 このような背景もあって、莫大な費用を掛けてファクトデータベースを構築したにも拘わらず、中身が事実に関するデータであるという理由だけで、これをコピーして配列を変えさえすれば著作権侵害にならないとすると、あまりにも公正さを欠いたフリーライド(ただ乗り)になり、投資に対する保護という観点からは、許容できないのではないかという意見も有力になってきています。 以上の見地から、EUでは、当初は電子データベースを対象として、その後の検討により、電子データベース以外のデータベースも含めたデータベース産業の投資保護という見地に立って、電子的以外のデータベースも対象とする指令案が1995年7月に公表されました。 その後、1996年3月、著作権に基づきデータベースを保護するためには素材の選択又は配列の創作性を要件とすることを明確化しつつ、他方で、データベースに関し独自の権利を設けるEU指令(データベース保護に関する指令)として採択されており、これを受けて各加盟国は国内で立法化を進めています。 と呼ばれ、データベース作成者に、当該データベースの実質的な部分につき、「抽出権」と「再利用権」という排他的許諾権を与えようとするものです。 わが国の通産省の翻訳によれば、この指令で、抽出(extraction)とは、「あらゆる方法による、他の媒体への恒久的又は一時的移送」を指し、再利用(re-utilization)とは、「複製物の頒布、貸与送信等、あらゆる形態による公衆への提供」と、それぞれ定義されています。 この指令に基づいて、ドイツおよび英国で、1998年1月、前記権利保護を取り入れた改正著作権法が施行されました。 EUは、WIPOの席でも、同じ内容の条約を採択するよう求めていましたが、審議不十分で持ち越しとなり、1997年9月には、WIPOの専門家会議で議論されました。しかし、反対の声が強かったこともあり、積み残しとなりました。 これに対し、米国では、前述のファイスト判決以降、この判決の論理に従う判決が続きました。1995年5月になって、データベースの投資保護に関する下院法案が議会に提出されましたが、コンセンサスが得られず廃案になってしまいました。 しかし、1997年10月には、不正競争防止法による保護の見地から、「情報収集物反海賊行為法」(HR3531)という名の新たな議会提案が行われています。 そうした中で、米下院は、1998年5月19日、ハワード・コーブル議員の提案による「情報収集侵害行為取り締まり法案(Collections Millennium Copyright Act of 1998 (H.R. 2281)が、1998年10月28日、クリントン大統領が署名し成立しましたが、この法案に組み込まれていたデータベース保護に関する規定は、最終的には削除されて成立しています。 また、WIPO条約においてもデータベース保護がテーマとなる条約案が上程されたにもかかわらず、1996年12月に開催された外交会議の席ではコンセンサスが得られませんでしたが、1997年10月の公式会議では、議論の継続が合意されています。 フリーライドを放置することになれば、その分のリスクはデータベース利用料金に上積みされる形で正規のユーザーにはね返ってくるというのも事実です。 今後、わが国でも、このような流れに取り残されることがないように、同様の流れが生じるものと思われますが、どのような結果が妥当であるのかという点はともかくとしても、現状では、それに対する分析や検討は、あまりにも不十分であると思われます。この点で、前項の最後で説明した通産省の取り組みが注目されます。 GNU」、「copyleft」という言葉を耳にすることがありますが、それは著作権法との関連で、どのような意味を持っているものなのですか。 は使用を希望する人にフリーで提供しようとしました。なお、GNUは「グヌー」と発音されるのが普通です。 そこには、「フリー・ソフトウェアの複製物を自由に頒布したり販売できること。希望しさえすればソース・コードを現実に入手できるか、あるいはその入手が可能であること。入手したソフトウェアを変更したり、新しいフリー・プログラムの一部として使用できること。以上の各内容を行なうことができるということをユーザ自身が知っていること。」という有名な文言が記されています(以上の翻訳は、上記リンク箇所掲載の文章に基づいています)。 ところで、前述の考え方の背景には、もし好きなプログラムがあるのであれば、それを他の好きな人と共有すべきであるという考え方が存在しています。 年代には、基本的に人々が互いに友好的であったにもかかわらず、その後、ソフト会社が、ユーザにソフトを他人と共有しないことを契約させて、ユーザを分割、支配しようとしているとの認識から、これに反対すべきであるという思想に基づいて提唱したものであるという旨を述べています。 という言葉のアンチテーゼとして提唱されたものであって、もしあなたがフリーのソフトに改良をすれば、その改良もまたフリーでなければならないという考え方であり、その背景には、やはり前述の思想があります。 この点、一橋大学の白田秀彰氏が、「ハッカー倫理と情報公開・プライバシー」という興味深い論文で明快に分析されています。次のとおり、この論文もネット上で読むことができます。 現在、このようなネット文化に対して、否定的な見解や、これを少なくとも一定限度肯定して見直そうとする意見(筆者はビジネス系の法律実務家ですが、それでもどちらかといえば好意的に感じています)もあります。 ところで、ネットスケープ・ナビゲーターが世に出た理由は、WWWブラウザとして最初に有名になったモザイクの開発者が、大学当局によるモザイクの囲い込みを嫌ったことが原因であると指摘する意見もあります。 また、ネットスケープ社が、1998年になって、エクスプローラーに対抗して、ナビゲーターのソースコードを公開しようとしたのも、以上に述べた伝統的なネット文化に習ったものだと指摘する人もいます。つまり、フリーなソフトにすることにより、ネットを利用する優秀なプログラマーの手による改良を目指すものとして提唱されているからです。 このようなネットスケープ社の動向には、他にも種々のビジネス上の要因が存在するのかもしれませんが、ネット上における動向の背景を少しでも正確に理解しようとすれば、伝統的なネット文化について、もう一度、目を向ける必要があると考えています。 米国のクリントン政権は、就任直後にNII(全米情報インフラストラクチャー)という構想を公表しました。 これは「情報スーパーハイウェイ構想」という名前で知られていますが、この構想とともに、「情報基盤タスクフォース」(IITF, the Information 「グリーンペーパー」と「ホワイトペーパー」は、どちらも、IITFの情報政策委員会の中に設置された知的財産権ワークグループ(ブルース・リーマン米国特許商標庁長官を責任者とする)によって出された、情報スーパーハイウェイのために必要とされる知的財産権に関する法律および政策についての適切な変更をテーマとした報告書です。 Rights (1995)といい、1995年9月に提出されました。翻訳すれば、「知的財産権と全米情報インフラストラクチャー」という意味になります。 これらの報告書の特徴ですが、メモリーへの一時的蓄積は複製に該当するという米国独自の主張を前提として、ネットワーク上の著作物を利用する行為は、メモリーへの一時的蓄積を伴うので複製行為に該当するとしています。また、ネットワークにアップロードする行為は複製物の配布行為にあたるとして、頒布権 ホワイト・ペーパーの公表と同じ月に、その最終章の「提言」は、「NII法案」として上下院に提出されましたが、ホワイトペーパーが、著作権を保護するためにはインターネット・サービス・プロバイダに、サービス提供者として、ある程度厳しい責任を負わせる政策を採ろうとしたこと等が原因となって反対に遭い、結局、1996年末、NII法案は廃案となってしまいました。 米国グリーン・ペーパーにおける提唱に基づき、ネットワーク時代におけるフェアユースのありかたに関するガイドラインを作成することを目的として組織されました。 著作権者およびユーザー側の約100団体が参加して協議がなされ、その結果、ONFUは、1996年12月、各種のガイドラインの提案を含んだ ところが、参加団体からは、これに対する支持が得られず、1997年4月段階では、コンセンサス取得に失敗したという声明すら出されました。 コピープロテクトを破ること自体を禁止しました。コピープロテクトを回避するための装置の製造、販売、輸入、頒布行為、回避のための役務提供も禁じられています。例外的に、互換性確認、暗号技術の研究、プライバシー保護、ポルノからの未成年者保護のためのリバースエンジニアリングなどは許されています。 インターネット/オンライン・サービス・プロバイダの責任を限定しました。もっとも、著作権者が著作権侵害行為の存在を通知したときは、侵害行為の停止義務があります。もっとも、著作権者が侵害の事実を知ってから短期間で訴えを起こさないときは、ユーザーからのアクセス復活請求に応じなければなりません。 「無断リンク」は著作権侵害にあたるのでしょうか、言い換えると、リンク先から承諾をもらうことなくリンクを張ることはできないのでしょうか。 外国では、まずスコットランドで、ライバル新聞社同士の間でリンクが争われたケースがありますが、和解により終了しています。 しかし、いわゆる「無断リンク」であっても原則として著作権侵害にあたらず、リンク元の承諾は不要であると考えています。 リンクを張る行為は、閲覧者が自分でリンク先のURLをキーボードで打ち込む手間を省き、自動的に打ち込んだのと同様にリンク先に飛べるようにしているだけであり、リンク元はリンク先のコンテンツを自分のサイトにコピーしているわけでもなければ、リンク元が一度自分でコピーしてから、閲覧者に対し当該コピーを送信しているわけでもありません。したがって、複製権侵害には該当しません。 また、リンク先の公衆送信権を侵害しているわけでもありません。リンク先のウェブが閲覧者の端末へのコンテンツの送信を許可しているからこそ、閲覧者リンク元のリンクをクリックすることにより受信ができるのです。 リンク先が特定の閲覧者にのみ閲覧ができるという形にしたければ、例えばIDとパスワードを要求すれば済むはずです。このような措置を講ずることができるにもかかわらず、これを講ずることなく、単に無断でリンクを張ったと言うだけで違法視するのは、実質的に見ても不当であるというべきでしょう。 「自分の作品にリンクを張られることを快く思わない人は、WWWに作品を公開すべきではない。WWWの世界は、すべてが公開され、他人によって勝手にリンクが張られることを前提にした世界である。著作者人格権は保護されるべきであるが、著作者財産権は、会員制を取る等のアクセス制限によってしか、保護されない制度であると考えるべきであろう。」(加賀山茂「著作権とデータ利用のマナー」) 例えば、リンク先のコンテンツをリンク元のフレームの一部に表示する形のリンクを張った場合には、ブラウザのURLとしてリンク元のそれが表示されたままになりますので、フレーム内に表示されたコンテンツが誰の著作物か不明確になり、リンク元の著作物の一部のように誤解されるケースが発生することがあります。 また、他人のコンテンツであるグラフィックスだけにリンクを張った場合も、同様に、あたかもリンク元のコンテンツの一部であるかの如く見せかけることが可能となります。 したがって、以上のように、リンクの結果、リンク先の著作物がリンク元の著作物であるかのような誤解を生ぜしめる場合には、著作権侵害に該当するケースもありうると考えることも不可能ではないように思われます(栗田隆「Web出版における引用について」参照)。 その際の理論構成としては、なお立ち入った検討が必要ですので、ここでは翻案権、同一性保持権、氏名表示権侵害が考えられるという点を指摘しておきたいと思いますが、筆者としても結論を出すには至っていません。 なお、かつて、米国において、商用ニュースサイトのトータルニュース社が、自社が集めてきた広告とともに自社のページのフレーム内に他社のニュースを掲載したとして、ワシントンポストなどがトータルニュース社を1997年6月に訴えたという事件(トータルニュース事件)があります。もっとも、この事件も和解で終了していますので、著作権法違反という裁判所の判断が下されたわけではないことに、注意して下さい。 この事件と関連して、日本の新聞社がトータルニュース社に対し抗議するという事件も発生しています(日経NET「米トータルニュース社、不正リンク停止 このように考えることに対しては、リンク元が「殺人犯のホームページに対するリンク」という誹謗中傷的なコメントを付けてリンク先へのリンクを張った場合でも、リンク先は差止請求などの法的措置が執れず不当であるのではないかという批判も考えられないわけではありません。 しかし、このようなケースでは、正面から問題を捉えれば、著作権ではなく名誉毀損や業務妨害が本質なのですから、名誉毀損や業務妨害を理由に法的措置を講ずるべき筋合いのものであり、ここに著作権を持ち出すことは的外れといわなければなりません。 それでは、リンクを張る際に、単にリンク先を「誰々のホームページ」のように記載するのではなく、一緒に記事の表題を載せる場合、表題の掲載自体が著作権侵害となるでしょうか。 記事の表題であってもただちに著作物性が認められるとは限りません。ニュースの記事本文とは異なり、表題自体は、単なる事実を列記したものにすぎなかったり、それに類するものである以上、創作性の要件に乏しい場合が多いからです。 この点、著作物性が認められなければ著作権の侵害にはなりません。さらに、仮に著作物性が認められるものである場合でも、リンク先が何なのかが明らかにならなければ意味がありませんので、リンクに伴い必要な引用として適法とされるのが普通であると思われます。また、むしろリンク先は少しでも多くのものに見てもらうことを希望してウェブを公開しているわけですので、実害がないのが通常であると考えられます。したがって、少なくとも損害賠償の対象となると考えることは困難です。以上の点と、ウェブにおけるリンクの機能や存在意義という点と併せ考えれば、損害が要件とされていない差止請求を含め、特段の事情がない限り、全体として著作権侵害の成立を否定すべものと思われます。 以上は、あくまでも法的な議論であり、ネチケット上、できるだけメールででもリンクの承諾を受けることが望ましいことは言うまでもありません。 最近米国で「MP3」をめぐって著作権との関係で紛争になっていると聞いています。どのような紛争なのでしょうか。 |
[ 116] カキにあたる人、あたらない人(ノロウイルス、組織・血液型抗原)/トピックス/広島市
[引用サイト]
http://www.city.hiroshima.jp/shakai/eiken/topics/tp007/fp_case/fp-004.htm
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カキを食べてあたった(カキを食べて、発熱、吐き気、嘔吐、下痢などの食中毒様症状を呈する)経験をお持ちの方もおられると思います。これは、多くの場合、ノロウイルスと呼ばれるウイルスが含まれるカキをウイルスを死滅させない(生で食べたり、加熱不足で食べる)まま、食べることによって起こります。その一方で、 「カキを生で食べてもあたったことがない」という方もおられるかも知れません。また、毎年冬季に、カキを原因食品とする食中毒が発生しますが、同じように調理したカキを食べても、食中毒になる人とならない人がいます。 このように、「カキを食べてあたる人、あたらない人」がいるという不思議な疫学的事実は昔から知られていましたが、その理由については長い間よく分かっていませんでした。しかし、 「カキを食べてあたる」とは、カキを食べることにより、その中に含まれるノロウイルスが経口的に摂取され、腸管から感染し、発熱、吐き気、嘔吐、下痢などの胃腸炎症状を呈する、いわゆる食品媒介性のウイルス感染症(一般には食中毒といいます)であることがほとんどです(もちろん、すべてのカキにノロウイルスが含まれているわけではありません)。 一般的に、ウイルスがヒトに感染し、病気を起こすためには、体の細胞の中に侵入し、その中で増殖しなければなりません。そのためには、ウイルスはまず、増殖するための細胞(感受性細胞)に結合する必要があり、この細胞表面のウイルス結合部位を「レセプター」と呼んでいます。インフルエンザウイルスでは、呼吸器の上皮細胞が感受性細胞であり、その細胞表面の糖蛋白質や糖脂質に存在するシアル酸がレセプターとなっています。ノロウイルスはヒトの腸管(主に空腸)で感染し、増殖するので、腸管の上皮細胞が感受性細胞であり、その表面にレセプターがあると考えられますが、最近までレセプターの本体については不明でした。 みなさんは自分の血液型をご存知と思います。血液型は、ABO式血液型が最も有名ですが、そのほかにRh式、Lewis式など、様々な分類による血液型があります。それらの中で、ABO式血液型とLewis式血液型を決めている抗原は非常に類似した物質で、両者を併せて組織・血液型抗原と呼んでいます。 最近になり、ノロウイルスはこの組織・血液型抗原をレセプターとして利用していることが報告されました。このことは、ある血液型の人は、ノロウイルスのレセプターがあり、ノロウイルスに感染し、発症するが、違う血液型の人にはレセプターがなく、ノロウイルスは感染することができず、当然発症もしない、というように、血液型により、ノロウイルスが感染できたり、できなかったりすることを意味しています。「血液型を決める抗原物質は赤血球の表面にあるはずなのに、それが腸管上皮細胞のノロウイルスレセプターとどう関係するのか」と不思議に思う人がおられるかも知れません。実は、組織・血液型抗原は、当然赤血球の表面に存在(「発現する」といいます)しますが、消化管や気管などの上皮細胞にも発現しているのです。その結果、唾液や消化管分泌液などの中にも分泌されます。一部には、唾液などにABO式を決める組織・血液型抗原の発現がみられない人もおり、ABO式血液型抗原が唾液や分泌液に分泌される人を分泌型個体、分泌されない人を非分泌型個体と呼んでいます。 一方、ノロウイルス(従来、ノーウォーク様ウイルスあるいは小型球形ウイルス(SRSV)と呼ばれていました)は、その遺伝子の塩基配列の解析から遺伝子的に非常に多様性に豊んでいることが分かっています。大きくG1とG2の2つの遺伝子グループに分類されていますが、それぞれも様々な遺伝子型のウイルスの集まりです。ノロウイルスとは分類学的に「属名」を表しており、現在、ノロウイルス属には、ノーウォークウイルス種の一種だけが含まれています。すなわち、ノーウォークウイルス種には、様々な遺伝子型のウイルスが含まれていることになります。ノーウォークウイルス種に含まれる代表的なウイルス(株)が、ノーウォークウイルス(種名と混同しやすいので、以下 「NV/68」と表記します)で、その他に、スノーマウンテンウイルス、ハワイウイルス、サザンプトンウイルス(主に検出された地名に基づいた名前がつけられています)など、非常に多くのウイルスがあります。 組織・血液型抗原がノロウイルスのレセプターであることを述べた最初の報告では、実験にNV/68が用いられ、NV/68は特定の組織・血液型抗原に結合することが示されました。その後、NV/68以外のノロウイルス属のウイルスを用いた実験が行われ、それらのウイルスではNV/68とは異なる組織・血液型抗原に結合する場合があることが分かりました。すなわち、これまでの研究から、ノロウイルス属に含まれるウイルスは組織・血液型抗原をレセプターとして利用しているが、ウイルス株ごと(おそらく血清型ごと)にレセプターとして利用する組織・血液型抗原は異なる場合があることが明らかになっています。これまでに報告されているウイルス株の組織・血液型抗原との結合性を表に示しました。 表は、各ウイルスが異なる組織・血液型抗原をもつヒトの唾液に結合するか、しないかを調べたものです。「+」は、ノロウイルス株がそれぞれの唾液中の組織・血液型抗原に結合することを意味し、その数が多いほど結合しやすいことを示しています。「−」は結合しないことを示しています。たとえば 、NV/68は、A型またはO型でかつその抗原性が唾液中に分泌される分泌型のヒトの唾液に結合しますが、B型の人やA型またはO型だけどその抗原性が唾液中に分泌されない非分泌型の この結果は、唾液を用いた実験であり、ノロウイルスの感染が起こるのは腸管の上皮細胞ですので、実際の感染と直接的には結びつきません。しかし、表の補足に示した各組織・血液型抗原は多くのヒトの腸管上皮細胞で発現しており、これらの組織・血液型抗原が実際にノロウイルスのレセプターとして関与している可能性は高いと考えられます。 これらのことは、ノロウイルス属に属するウイルスは、そのウイルスがレセプターとして利用する組織・血液型抗原を持たない人には、細胞に結合することができず、感染できない可能性があることを示しています。ウイルスが細胞に結合することは、必ずしも感染や発症を意味しませんが、少なくても結合しなければ感染が成立することはありません。すなわち、このことは、「カキを食べてもあたらない」ことの要因の一つとして考えることができるのです。一般にウイルスは、宿主である動物(たとえばヒト) が共通にもっているものをレセプターとして利用する場合が多いのですが、ノロウイルスは個体差があるものをレセプターとしており、めずらしい例であるといえるでしょう。 一般にウイルスに感染すると、生体の防御反応として免疫が働き、ウイルスを排除するための抗体が作られます。感染したウイルスはその抗体などの働きにより生体から排除され、病気が治ります。その「あるウイルスに感染した」 という記憶は、病気が治っても免疫細胞の中に維持され、再び同じ病原体が感染した場合、速やかに免疫が働き、ウイルスがすばやく排除されるため、症状が軽くすんだり、無症状のまま経過します。ノロウイルス感染においても同じように考えられます。ノロウイルスはカキ等の食品を介して感染する一方、特に小児を中心に冬季に感染性胃腸炎として患者の便や吐物などを介してヒトからヒトに感染を起こします。すなわち、私たちの多くは子供の時、幾つかのタイプのノロウイルスの感染を受けており、大人になる頃にはほぼ100%の人がどれかのノロウイルスに対する免疫を持っています。そのため、カキの喫食により、体に免疫のあるノロウイルスが新たに感染しても、症状が出ないか、軽症で経過する可能性があることになります。しかし、あくまでこのことは一般的なウイルス感染でいわれていることであり、ノロウイルスで明確に証明されている訳ではありません。 また、カキを酢ガキなどにより生で喫食することが多い人は、ほとんどカキを生で食べることのない人と比較して、ノロウイルスに感染する機会が多く、体にいろいろなノロウイルスに対する抗体を持っている可能性が高いと考えられます。つまり、カキにあたればあたるほど、ノロウイルスに対する免疫ができ、「カキにあたりにくい体になる」と考えることができるかも知れません(決して、カキの生での喫食を勧めているわけではありません)。 病原体が感染したにもかかわらず、症状がでない感染は不顕性感染と呼ばれ、様々なウイルスで不顕性感染の存在が知られています。ノロウイルスにおいても症状がまったくない人の便から検出されることがあり、不顕性感染を起こすと考えられています。前述のノロウイルス感染の既往は不顕性感染の理由の一つになりますが、 感染前に抗体のない人でも不顕性感染を起こすことが知られており、それだけでは説明することができません。もちろん、不顕性感染には病原性の強弱などウイルス側の要因の可能性もありますが、これについてはほとんど分かっていないのが現状です。 (参考)不顕性感染とは、あくまで感染したにもかかわらず発症しないことであり、先に述べたレセプターがないので感染しないこととは異なります。不顕性感染は感染後ウイルスに対する抗体が産生されるのに対し、レセプターがない場合は抗体産生がありません。また「感染する」とは、様々な意味で用いられますが、ここでは主に「体の細胞に侵入し、その中で増殖する」という意味で使用しています。 以上、宿主であるヒトの要因について述べましたが、次にカキの要因について考えてみましょう。ノロウイルスはこれまで培養することができないこともあり、カキからの検出が困難でしたが、現在では、PCR法と呼ばれる遺伝子検出法の応用により、カキからのノロウイルス遺伝子の検出が可能になっています。さらに、リアルタイムPCR法の導入により、カキにおけるノロウイルス遺伝子の定量もある程度可能になってきました。遺伝子の検出は必ずしも感染性ウイルス(感染を起こすことができる生きたウイルス)の存在を意味しませんが、遺伝子が存在しなければ、感染性ウイルス が存在することはないので、ノロウイルス遺伝子の有無はウイルスの有無であると大まかにとらえることができます。 この方法を用いて、同じ筏の養殖カキや同じパックに詰められている市販カキを個別に検査すると、カキ個体ごとに、ノロウイルス遺伝子が検出されたり、されなかったり、また、その量も個体ごとに多かったり、少なかったりと、その量に違いがあることが分かってきました。すなわち、同じように料理して提供されたカキでも、その中に含まれるノロウイルスの量は様々であることになります。このことは、集団食中毒事例において、発症する人としない人がいることの、カキ側の要因の一つといえるでしょう。 稀にカキフライなど、加熱したカキを原因とする食中毒事例がみられます。一般にウイルスは熱に弱く、加熱により容易に死滅します。ノロウイルスは培養できないので、どのくらいの加熱で死滅するかは分かっていません。従って、カキの中に含まれているノロウイルスの加熱による死滅条件は厳密には不明ですが、 ノロウイルスと近縁のネコカリシウイルスの不活化実験の結果などから、一般に中心温度が85℃で1分以上の加熱を行えば死滅するとされています(広島市感染症情報センター「ウイルスの殺菌・滅菌(不活化)データ集」参照)。カキの身の大きさには個体差があり、中心温度がその条件に達するのは、一般に小さいカキの方が早く、大きいカキでは遅いと考えられます。そのことは、小さいカキが上記の条件に達した状態で加熱を止めた場合、大きいカキではその条件に達しておらず、ウイルスが完全に死滅していない可能性があることを意味します。そのため、カキフライなどを調理する場合、大きいカキは長めの加熱を心がけることが大切です。 また、カキが養殖時に同じ生理活性を有していると仮定した場合、大きいカキは小さいカキよりノロウイルスを蓄積する容積が大きく、たくさんのノロウイルスを含むことができると考えられます。 従って、大きいカキは、小さいカキと比較してノロウイルスが含まれる危険性が高いと考えることができますが、あくまで同一条件の汚染があった場合を想定したものであり、実際には汚染量や汚染率とカキの大きさとは一般に相関しません。 以上、最近の知見を中心に「カキにあたる人、あたらない人」の原因を解説しましたが、実に様々な要因があることがお分かりいただけると思います。もちろん、これらのことで全てが説明できるわけではなく、不明な部分が多く残されています。特に、これら以外に、全てのノロウイルスが病気を起こすのかなどウイルス側の要因の関与が考えられますが、これについてはほとんど明らかにされてないのが現状です。 カキ生産・加工業者の方は、ノロウイルスを含まないカキの生産に努力されています。しかし、残念ながら、現段階では、生産するすべてのカキがノロウイルスを全く含まないようにすることは不可能です。また、ノロウイルス検出・定量法が十分には確立されていないことや、どれくらいのノロウイルスがカキに含まれていたら発症するのかなど、未解決の部分が多く残されていることから、 各家庭や飲食店で、「カキを食べてあたらない」ためには、十分に加熱したものを食べることが、唯一できる確実な予防対策です。 (1) レセプター ノロウイルス属に属するウイルスはABO式及びLewis式の血液型を決めている組織・血液型抗原をレセプターとして利用しており、そのレセプターを持たない人はそのウイルスに感染しない。ノロウイルスには種々の遺伝子型のウイルスがあり、その種類によりレセプターとして利用する組織・血液型抗原に違い(特異性)がある。 多くの人は、小児期に感染性胃腸炎としてある種類のノロウイルスの感染を経験しており、カキにより同じ種類のノロウイルスの感染を受けた場合、軽症か無症状で経過する可能性がある。 他のウイルスでみられるように、ノロウイルスにおいても感染しても発症しない不顕性感染の存在が報告されている。 同じロットのカキでも、カキ個体ごとにノロウイルスが含まれたり、含まれなかったり、また含まれる量も異なる場合が多く、カキ個体ごとのウイルス量にバラツキがある。 同一条件で加熱した場合、大きいカキは小さいカキと比較して、カキ内部の加熱不足を起こしやすく、ノロウイルスが生存する危険性が高い。 厚生労働科学研究費補助金[食品・化学物質安全総合研究事業]食品中の微生物汚染状況の把握と安全性の評価に関する研究 平成14年度研究報告書:西尾 治,平成15年3月 |