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最近とは?
[ 232] 最近キレていますか?
[引用サイト]
http://www.president.co.jp/pre/special/aiai/100.html
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みなさーん、最近、元気にキレてますか? 当方、近頃めっきりキレなくなりました。ムッとしたりイライラしたり愚痴ったりはもちろんするけれど、心から腹が立つことはあんまりない。ほぉー結構なことじゃないですか。いやー大人になったねえ、こいつぁめでてーや……っていう単純な話じゃないんだなこれが。自分のことだから一番よくわかるけど、人として成長したわけでは断じてない。「最近、真剣に怒るってことがなくなったよ」と友達に吐露したら、「それ、エネルギーレベル落ちてる、体力が落ちてるわ」と指摘された。はっ(気づく音)。これじゃ成長じゃなくて衰弱じゃん! 冬眠中の動物は、心拍数や体温を極端に落として、徹底的な省エネモードになっている、っていうか仮死状態……そんな話を思い出した。エネルギー消費を極力抑えるために、感情の触れ幅も狭めている私は、精神的冬眠状態ってこと? ことわっておくが、衝動的に怒りを爆発させる、という意味の「キレる」ことを肯定しているわけではない。ここで「キレる」って言っているのは、怒りを率直に表現することだ。ここぞというときにキレる人は社会にとっても必要だし、精神衛生上もいい(たぶん)。何に対しても誰も怒らなくなって皆が「まあまあまあまあそこは穏便に」って言ってたら、悪事不正がまかりとおって社会が腐る。本当は「おかしいんじゃないか?」と思っているのに「いいよいいよ、よくあることだから」ばっかり言って我慢してると、精神が腐る。だからときどき健全に「キレる」ことは、悪いことじゃないと思う。思いきりケンカした人とは、絆が強まるってこともある。まあ、それで終わることもあるけど。 私はクドカンこと宮藤官九郎のドラマが好きなのだけれど、彼のドラマに出てくる登場人物って、四六時中キレている。しかも他人から見たらじつにバカバカしいことで。たとえば「タイガー&ドラゴン」(終わっちゃいましたね。9月にDVD発売です。買うぞ!)の主人公、虎児&龍二なんて、最初っから最期までキレまくり。痴話喧嘩、親子喧嘩、兄弟喧嘩、と、怒声のポリフォニー鳴り響くクドカンワールド。でもなぜか見ていて気持ちいい〜。「キレる」って、「真剣さ」「一途さ」「純粋さ」「愚直さ」の表現の一つだからだろうか。そういえば、小っちゃい子ってよくキレるな。「やだ!」「だめ!」「嫌い!」の連発だ。「これを言ったら嫌われる」とか「バカと思われる」とか「恥ずかしい」とか、そんな大人の計算は一切ないんだねえ。で、キレたあとはまるで何事もなかったかのようにケタケタ笑って、愛想ふりまいてる。立派だ。彼らは世の中とも自分とも妥協せず、一瞬一瞬を真剣勝負で生きている。その真剣勝負なかんじ、が大人になると薄れていくんだな。で、ドラマやマンガでぶりぶり怒る人間を見るのがカタルシスになる、と。 編集部における数少ない「タイガー&ドラゴン」視聴者の一人だったKデスクに、「あのドラマ、って観てるとすごく笑えるけど、基本的に登場人物みんな怒ってるよね?」と話したら、「昔の活劇ってあんなふうだったね」と、さすが映画サークル出身!なコメントがかえってきた。「黒澤の『酔いどれ天使』って見たことある? 三船敏郎とかさあ、つねに怒鳴ってて、台詞なんかぜんぜん聞き取れないんだから……。でもなんか、あの時代の人間の活力みたいなのが伝わってくるんだよね」。ふーん。しつこいようだが、さすが映画サークル出身! 奥深い。そうかあ、人間の活力ね。クドカンのドラマで怒鳴りあう老若男女を見ていてスカッとするのは、それだな、きっと。で、さらに彼らを見ていると、怒鳴りあってもそこで終わらないような濃い〜人間関係って、昨今なかなかないよなあ、とか思ってしまったりするのだ。濃い人間関係のなかで生きるには、それなりのエネルギーがいるけど、いまは人と接することなく生きていくことが難なくできる時代になってしまった。教師や親でさえ子供を叱れなくなっているというのだから、怒りの「受身」ができない子供が育つ。そうすると喧嘩もできない。いまお笑いブームだけれど、漫才の「ボケとツッコミ」ってあれ、ライトな喧嘩でしょ。基本的に怒鳴りあってる構図。コミュニケーションの一種だ。それをみてお客さんが笑う。怒りと笑いって実は表裏一体、というか振り子みたいなものなのかな。ああ、なんかますます奥が深くなって自分でもよくわからなくなってきたので、このあたりで終わります。「なんじゃー、オチもなしに終わんのんかあ、このボケが!」とか、「つまんねーことにイチイチ理屈つけてんじゃねーよゴルァ!」とか、みなさん、どうぞご自由におキレください。 |